シスター-2-
住宅地をすこし抜けたところにあった。
あたりをまだ未開発の雑木林に囲まれたその一区画は、公園のような広い敷地の奥にステンドグラスで飾られた真っ白な教会を内包していた。
まるでそれは俗世という不浄からその場所をすっぽりと覆い隠し、守っている境界のようでもある。
すぐそばにある住宅地から教会を守る深い緑色をした境界は、徐々に開発されつつもあるが子供たちの遊び場になったりしながら己の存在意義を主張していた。
キョウカイという名の聖域はふたつでひとつなのだった。
境界の中にいる子供たちを俗世の冷たさから守り育て、教会はそれを必要としてその林を守ってきた。
どちらも必要で、どちらがかけることも許さない。
ただでさえ「四方を緑で囲まれた教会」というものは人の目に神秘さを映したが、その中にあるこの関係こそ神秘の正体なのでないかと、ここで生活したことのあるつかさは思った。
「そのときの記憶は実際もうあやふやなんだがな、ここの雰囲気はまったく変わってないように見える」
誰に言うでもなくつかさはそうつぶやいた。その目が見ているものは遠く、目の前の教会の後ろにある何かを見ようとしているようである。
「そうなんですか?」
「ああ、ここは十年以上前からこのままだ」
あやふやとは言ったもののそれだけは思い出せる。ここに入所するとき、今と同じ場所に立って感じた、同じ感覚。
それ以外ははっきり思い出せなくても、これだけは思い出せた。
「ここら辺は雑木林で孤児たちはみなここで遊ぶんだ。公園みたいにだだっ広い敷地はあっても遊具なんてないだろ。だからみんな今よりもっと広くて森みたいだった林で遊んだんだ。日曜の三時にはシスターが手作りのお菓子をそこの林で広げていた」
ヴァンはすこし首をかしげていった。
「なんか三人称な言い方ですね。つかささんは遊ばなかったんですか?」
つかさは顔色ひとつ変えず、そういわれることがわかっていたような様子である。
「ああ、あの林での思い出なんてなにひとつない」
「じゃあ何してたんです?おいのりでもしてたんですか」
冗談交じりのヴァンにつかさは苦笑した。
「神なんか信じちゃいない。祈ったって何も起こったりはしない。自分のことを唯一の神だとか言う神とか、そいつらを信じてる奴らの気が知れないな。神なんてものは人間の作り出した妄想に過ぎない。弱者の単なるよりどころであり、信仰心の中にしか存在しないなんていう曖昧さの中でしか生きられない幻想だよ。人を狂わすそんな神なんて得体の知れないものを作った人間こそ神なんじゃないのか?」
その吐き捨てるような言葉には痛いほどの皮肉が込められていた。それは、不遇の身である自身をのろう言葉のようでもあった。
間をおいてつかさは思い出したようにつかさはそれを口にした。言うのに迷ったようなそぶりも見て取れたが、なぜかそれは口をついて出る。
___そう、思い出した。このころからだ。…オレの記憶にはあいつがいた。
「オレはいつも教会の中でおままごとに付き合わされてたよ」
ヴァンはそれを聞くなり大きく眼を見開いてそして、笑った。
その高い声はまるで体育館の中をこだますように遠くにある教会に反響して、そして林の中に消えていく。
「つかささんがおままごと?ハハッ!似合いませんねっ!」
「しようがないだろう。いつも道具を詰め込んだカゴをもって遊びにくるんだから。もうここら辺にはすんでないが、変なやつがいたんだ。ぼーっとステンドグラスを眺めてるとその時間を邪魔しに内気なんだか強きなんだかわからないやつが…」
茶化されてつかさはらしくもなく顔を伏せていた。無理やり話題をそらすように敷地に目をそらしながら言う。
「今日はなんか静かだ…」
「んっ?今日の今頃はにぎやかなはずなんですか?」
「ああ、今はどうかは知らないがオレのいたころは朝の礼拝が終わってすぐの自由時間だ。子供がすぐにでも出てきて敷地で遊んでいてもおかしくはない」
「…まあ、とりあえずいってみましょう?」
ヴァンはつかさの背中を押すようにして促した。その境界の中は空気がとまっているようにシンとしていて残暑の蒸し暑さと花壇以外には何もない寂しい空間であった。
その中を二人で突っ切っていく。
境界はふたつのイレギュラーを聖域からとおざけようとはしなかった。