表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘルメス  作者: 捺耶 祭
14/45

日野つかさ-9-

「おトイレ遅かったですね。まあ,野暮なことはききません」


「…義父と話していただけだ」


 シュークリームの箱を机の上においた。


 ヴァンが机のいすに座っているのでやむ得なくつかさはベッドのうえに座った。


「それでさっきのはなしだが,いったい誰の記憶を消せばいいんだ。一回あって,その人間の記憶を印象深く覚えているヤツもいれば,そばにいたってまったく無関心で,記憶の隅にもオレをとどめていない人間もいる。面識のある人間全員の記憶を…って,お前聞いてるのか」


 ヴァンは先ほどから机の上の箱を凝視してくんくんと鼻を鳴らしていた。


 その姿は、さながら好物を前にした犬のようにしっぽを振りそうな勢いである。


 話などどこ吹く風の態度であったが、つかさはヴァンが話しそっちのけでその箱を気にしていることにただならぬ親近感を感じた。


「…くん。いいにおいがします。これなんですか?」


「シュークリームだ」


「しゅーうくりぃーむぅ?」


 疑問符をあたまにうかべるように,小さなあごに細い指をそえてうなって見せた。


「ああ、駅前で売っている。オレはうまいと思う」


「駅前だとおいしんですか?」


 こいつ,シュークリーム食ったことないのか?


 ますますつかさはヴァンに非凡さを感じた。


「ああ、まあなここの駅前のシュークリームはうまい。多分ふたつ入ってるだろうからひとつやるよ」


 ヴァンは目を輝かせながら腕をワキワキさせて箱をつかんだ。そっと箱を開けて中をおそるおそるのぞいてみる。


「そーーーっ」


「何も出てはこないから早く取れ」


 数秒経ってから、ヴァンの小さな両手には手には少し大きなシュークリームがひとつどんと乗った。


  たかがシュークリームと侮る事なかれ。


 デパ地下の巨大なシュークリームと比較すれば少々小ぶりであろう。


 しかし、シューの中には卵の味を感じることのできる上品な甘さのカスタードクリームがいっぱいに詰め込まれている。


 クリームをこぼさないようにとすこし固めのシューが包み込む。


 頭に振りかけられたホワイトシュガーは,すでに完成を見せているシュークリームにアクセントをくわえ,なんともいじらしいほどである。


 シューはサクッと程よいはごたえで口の中でほどけ、クリームのひだまりのような甘さでしただけでなく鼻腔をくすぐる。


 食べごたえは十分!何度食べてもあきが来ない。


 しかし二個目に手を出そうとした瞬間には,果たしてこんなにも一度に食べてよいのだろうかと思うほどの高級感もある。


 つかさは,駅前のシュークリームを誰より理解していると自負した上でそのシュークリームに対する申し訳なさのような感情を押さえつけて2個目に手を出せるほどにまでに成長していた。


 宗斎もそれを理解した上で二個目を買ってくることにしたのだ。


「ふぁーー♥」


「いいから食えって」


 キラキラした目ですこし興奮気味にシュークリームを見つめるヴァンにつかさはなぜかもどかしそうに、ひとこと促した。


「ではっ!いっただっきまーす。ふぁーむっ!」


 ふわっとシュー生地に白い歯くいこむ。


「もふ もふん,……ごくっ」


 ピシーッっとヴァンに一閃がはしった___気がした。ヴァンは目を見開いて


「おい…しい」


 ヴァンは鼻の頭にホワイトシュガーをつけたまま驚いたようにシュークリームを見つめた。その目に映っていたのは感動と驚き。


「おいしいですねっ!そしてなんか懐かしいです」


「なつかしい?」


 つかさは疑問に思った。


 食ったことがないから、物珍しそうにしてたんじゃないのか?どちらにせよ、『なつかしい』か。


 ヴァンの懐かしいと思うような記憶についてつかさは興味を抱いたのであった。


 しかし,あえてつかさはそれを深く問おうとはしなかった。なぜなら,その返答が帰ってきたところでヴァンという存在の非凡さが失われてしまうように思えたからである。


 過去があるということはその存在自体を確立された「そうであったもの」であり、かつ「今はそうであるもの」にしてしまうのだ。


 知らぬ間に消えたり,気づいたら現れたりするヴァンの非凡さは,その不確定要素の多さに起因している。しかし,今ここに在るこの子供を疑うことはできない。


 その中にある存在の刹那性と世界に対しての確定した所在のなさこそ,ヴァンを特別なものたらしめているのだ。


「ふんっ…もふん…なんでもないですよー」


 ついさっき言ったことはどうでもよいことであるというようにそういって,ヴァンは夢中でシュークリームにかぶりついていた。鼻と口の周りには浅く積もった雪のようにホワイトシュガーがついていた。


「おまえ,シュークリーム食ったことなかったのか」


「はいっ!」


 そう問うころにはその手いっぱいに乗っていたシュークリームはすべてなくなっていた。


 無邪気___そんな言葉がぴったりの屈託のない笑顔で笑う。


 つかさは先ほどまでヴァンが見せていた笑顔の中に何か大儀を背負ったような作為的なものを感じていた。しかし今は違う。


 それは,見た目相応のかわいらしいものであった。


「さっき言おうとしたことの回答ですねっ?」


 口についていたホワイトシュガーをチェックの半ズボンのポケットから出したハンカチでぬぐいながらヴァンは話し始めた。


 コンビニとかで売ってる4個入りのパイシューを紅茶と一緒の食べるのが好きでした。


 このごろ見かけません。っていうかセイコーマートがありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ