日野つかさ-7-
「これでどうするって言うんだ? まさか人を脅して自分のいうとおりにさせるなんて言い出すんじゃないだろうな。それじゃ何の意味もない。第一オレの願いは叶えられない」
「そんなんじゃないですよ。まぁ、概念的にはあんまし変わんないかもしれません。…脅しって、する相手が一方的に強い感じがしますけど、すこし違うんですよね」
「なにが言いたい」
つかさにはヴァンのいうことが、あまりに遠回り過ぎて理解できなかった。
「つまりですよ?その人はいつ反撃されるかわからないという可能性に対して心を多く払わなければならない。相手の一挙手一投足にその次に起こる事象をなん通りも妄想しては苦しむという不安や苦悩を背負わなければならない。それに、脅してどうにかするというのは悪いことです。自分の尊厳とか今まで積み重ねてきた信用をすべて水泡と化す可能性も秘めている。これに限ったことではありません。何かをなすためにはそれがいつも付きまとう。これらはすべて叶えるための代償です」
「代償…」
逡巡した後、思わず口にしたその言葉の意味を、重みをつかさは理解してはいなかった。ただ、幼い顔をした見た目通りの無邪気な子供が、なにやら顔に似合わないこと言ったのでつい復唱してしまった程度のことであった。
もっと端的な表現をするのなら、餌を前にした犬のようにヴァンの次の言葉が気になって仕方がなく、無意識の復唱であった。待つことをがまんできなくなったつかさはすかさず続けた。
「つまり、叶えるためには代償が必要なのか」
ヴァンはにっこりとは笑まずに「はい」と諭すように答える。
「かなえるのはボクです。でもただじゃあできません。あなたにはそれで人を撃ってもらいます」
「____!」
つかさは驚きに目をむいた。
人を撃つ?そんなことできるはずがない。信じられないとはいえ相手は同じ人間なんだぞ。
つかさは努めて冷静にヴァンに疑問を投げかける。
「オレに人を殺せっていうのか?」
「ちがいますよぉ!はやとちりしすぎですって~」
ヴァンは悪戯を成功させた子供のような得意顔でそういってわらった。
「それはただのてっぽーじゃあありません。記憶を殺すことのできるてっぽーです」
「記憶……?それでオレにどうしろと?」
つかさはつぎにヴァンからどんな言葉が飛び出すのか内心かなり動揺していた。しかし、ヴァンはお構いなしといった風に話を続ける。
「他人にあるあなたの記憶を消してもらいます。楽しい記憶、悲しい記憶あなたしか変わるすべての記憶を他人から消しちゃってください」
「それが、代償なのか」
紅々とした目がつかさの双眸を見つめる。美しい緋色はまるで宝石のようで、ヴァンに見つめられているのか、つかさそれに見とれているのかわからないようであった。
「そうです。代償は___あなたが世界から知覚されなくなること。なんのつながりもなくなったあなたは、そこに在っても他人に存在として見られなくなる」
つかさはそれがどんなに恐ろしいことか理解した。理解したうえでその口元は僥倖に笑み、その恐怖にたいして泰然として笑い出す。
「フッ、ハハハハハハハハハ。そんなことか。だったらオレの願いを叶えるプロセスにあるじゃないか!オレはひとりだけの世界を望んでいるんだ。だったらいずれ消えるつながりだ。オレがわざわざ手を加えるか、お前に全部任せるかの違いじゃないか」
「フフ、そうですね」
ヴァンも笑っていた。そうしてポケットに手を突っ込むと長方形の箱を取り出す。それをつかさに差し出すようにして開けた。
「消した先であなたの地獄が終わるなら、そしてあなたを救いましょう。消した先に更なる地獄がまっているなら、そこからあなたを救いましょう」
長方形の中には白と黒の銃弾が一発ずつ入っていた。
「白いヤツは人の記憶を消す弾です。黒いヤツは先刻ボクとであうところから始まって打ったときまでのあなたの記憶を消す弾です。つまり!つらくなったらリセットしていつもどおりの人生を歩めますよーってコトです」
一笑したあとにつかさは白いほうの弾だけを受け取りそれをシリンダーに詰めた。グリップを握り締め、トリガーに指を掛け、宙に標準を定める。
冷たく重い金属の感触。つかさはその感触が、自分を縛るしがらみの重みであると感じた。同時にその鈍い感触がいまのつかさにとってなにより大切なものとなる。
その銃は夕陽に染まり真っ赤な血をかぶったかのように照りついていた。