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アクラシア(改稿版)  作者: エリー
第1章 カミツレの花
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第四話

 「こいつは〝神獣〟だ」


 「し・・・神?」



 「今日ここで必ず仕留めてやる」



 ホーグは首につけていた金属性の輪を外して、今にも気を失いそうな顔をしているテトラの前に置いた。それには色の違う小石のような6つの四角いスイッチが付いていた。



 「黄色のスイッチを押せばサポーターが救出に来る。万が一俺が死んだら押せ。それからもしガグルを倒した後に俺の様子がおかしいようなら赤だ」彼は早口で言った。



 「え・・・おかしいって?」


 「その時になれば分かる。案ずるな、念のためだ。あと、この場が襲われてサークルが崩れるような事があれば紫。ここから少し離れた地上に〝瞬間移動(テレポート)〟するよう設定してある。それ以外では何があってもここから出るな。分かったか?」



 テトラは戸惑いながらも頷いた。




 暗く静まり返っていた巨大十字路の空間へ、遠く離れた場所から大太鼓の響きに似た音がゆっくりとこだましてきた。初めは聞き取ることも難しいような微かなものだったが、それが徐々に大きく確かな音になった。


 それは極めてゆっくりとした規則正しい調子を打っている。砂の上で重たく長いモノを引きずるような濁音と地面を振動させる足音の中、テトラの頭に直接響いているようだった。心音なのか足音なのか、その〝音〟がいったい何なのかテトラにはよく分からなかった。




 幅広い道の奥に続く暗闇から、それは十字路へと接近してきた。テトラは目を凝らし、その闇の中を一心に見つめた。彼女の体は自然と前のめった。そのまま床に手を付いて少し前に出ようとしたが、ホーグが素早く腕を伸ばしてそれを征した。


 「・・・・。」


 テトラはそれに従い、その場で止まって暗闇を凝視した。



 闇の奥に、何か赤く発光するモノが見えた。それは段々大きくなり、暗闇の中にぼんやりと広がっていった。地鳴りのような音がますます大きくなり、足音が波動となって2人が潜伏する高所まで伝わってきた。床が僅かに振動している。天井からは、微量だが砂埃が降り始めた。


 ついにその巨大ガグルの一部分を、彼らは視覚的に捉えた。崩壊したビルとビルの合間の地面に、大きくてゴツゴツとした黒いモノが揺れている。まるで十字路の中を窺っているようだ。赤銅色に発光するアウラを放っており、暗闇の中でも2人の目にはその姿がはっきりと見えた。



 それはとてつもなく大きな爬虫類の鼻面だった。二つの鼻の穴が開閉している。匂いを嗅いでいるようだ。巨人が鼾をかいているような不気味な呼吸音が鼻穴を動かすたびに鳴る。


 そのガグルは警戒心が強く、なかなか十字路に入って来ようとはしなかった。ひとしきり匂いを嗅いで辺りを確かめた後、ガグルは前方へと一歩、また一歩と歩み出た。それは、想像を絶する巨大さだった。


 まず露わになったのは何本もの黄ばんだ鋭い牙がはみ出す大きな顎。それから血のように赤く光る2つの目がついた頭部。そして、砂埃を上げて地面を揺らす5本の指を持った太い足が三対。頭から背中にかけて鱗が変形した大きな突起が生えていて、まるで黒い岩山のようだった。胴体だけで長さ20mはある。その後に続いている長い尾を含めると、その倍以上はあるだろう。



 テトラは呆然となった。今まで彼女が目にしたことのあるガグルといえば犬程度の大きさで、大きいものでも2~3mといったところだった。


 「あ・・・あんな怪物、1人でどうやって倒すの??」テトラは震える声で囁いた。「無理だよ、敵うわけがない・・・!」


 ホーグの袖を引っ張りながら、テトラは彼を必死で説得した。


 「ホーグ、死んじゃうよ・・・逃げよ?」


 ホーグはそれを無視して、巨大ガグルの動きをじっと観察していた。



 ガグルは、十字路の中心を避けるようにしながら建物の壁に沿ってゆっくりと動いていた。巨体にそぐわないつぶらな赤目は、確実にテトラの髪が置かれている場所を捉えている。僅かに開かれた顎からは大量の唾液が垂れ落ちていた。その口の中からどす黒い舌が現れて、にゅっと伸びた。そして、舌先で砂地に落ちている金髪を品定めするように何度か突いた。



 「お願い、一緒に逃げ――」


 「黙れ」



 「・・・・っ!」



 ホーグの気迫に気おされたテトラは、思わず彼の袖を放した。


 彼の体からは、先ほどまでの穏やかで静かなアウラとはまるで違うモノが漏れ出してきていた。それは猛る闘志だった。強大な敵を目の前にして、彼の中の戦闘本能はかき立てられていた。


 ホーグはそれを精一杯、抑制しているようだった。だが彼の強力なアウラは、彼の肉体を引き裂いてでも外に出ようとしていた。その禍々しさに、テトラは言葉を失った。


 「・・・いかんな、どうもこの衝動を抑えきれん」


 ホーグは自嘲するように呟いた。



 舌先で餌を舐め続けていた巨大ガグルは、等々そのご馳走に食らい付いた。その巨体にとっては米粒のようなテトラの金髪を、地面の砂ごと舌ですくい取って口に運んだ。暫く口の中で転がした後、大量の唾と一緒にゴクリと大きな音を立てて飲み込んだ。


 「・・・・。」


 ホーグはまだ動かない。


 巨大ガグルは、満足そうに喉を鳴らした。そして、金髪の味の余韻に浸っているかのように、その場に留まってつぶらな目を細めた。恍惚としているようにも見える。自分の顎から、細いワイヤーが垂れていることなど気付くわけがない。


 存分に余韻に浸った後、ガグルは黒い鱗に覆われた重たげな体をねじり、移動を開始し始めた――それを機にホーグが動いた。


 彼は左手首の円盤を右手でしっかりと押さえ、前に突き出した。その直後、円盤が強烈な白い光を放って輝き出した。そして、そこから稲妻に似た光が耳鳴りのような音と共に、弓状に弛むワイヤーを猛スピードで走り抜け、巨大ガグルの口の中に入っていった。


 異変に気がついたガグルはぴたりと停止した。次の瞬間。



 「!!」



 ガラスを粉砕した時のような鋭く高い爆発音が鳴り響き、巨大ガグルの腹部から全身にかけて白い閃光が走った。それはガグルの体が一瞬透けて見えたほどの強い光だった。その光はすぐに消えた。


 巨大ガグルはゆっくりと膝を折り、派手に砂埃を上げて地面に倒れふした。



 「やったのか!?」


 「気絶しただけだ」



 ホーグはワイヤーをナイフで切り離し、背負いの銃剣を片手で抜き取った。素早く立ち上がった彼は、地上30mはあるその場から躊躇する事無く飛び降りた。


 「!!?」


 驚いたテトラはサークルの事など忘れ、慌てて床の先端まで這い寄って下を覗いた。ホーグは一直線に地面へと落ちて行った。ところが、地面に落ちる直前で落下速度が激減し、一瞬空中で停止した後、ゆっくりと彼の足が地面に降り立った。


 「浮遊石(パイ)かぁ・・・」


 テトラはほっとして息をついた。




 ホーグは足早くガグルに近寄り、突起を利用しながら巨体によじ登った。彼はガグルの目と目の間にある平らな部分の上に立ち、銃剣の剣先を大きな鱗の隙間に押し込んだ。銃剣を梃子にして、黒く分厚い鱗を剥ぎ取っていった。


 少しずつだが確実に、鎧のような鱗の下に隠れたガグルの灰色の皮膚が露出していった。巨大ガグルの眉間に、無防備な鎧穴が開いた。そこに銃剣を振りかざして突き刺そうとした時、彼の背後で唸り声がした。


 「!」


 ホーグは俊敏に身を捻り、銃剣を構えようとした。だが、相手の方が僅かに速かった。


 「ホーグ!!」


 テトラは悲鳴を上げた。



 白狐に襲い掛かったのは、巨大ガグルと瓜二つの姿をした2mほどのガグルだった。ガグルに勢いよく飛びつかれたホーグは、巨大ガグルの頭上から跳ね飛ばされるようにして地面に押し倒された。その衝撃で銃剣が彼の手から放れる。


 テトラは血の気が引いた。ホーグに圧し掛かるガグルは、彼の頭部に喰らいつこうとした。それをホーグは左腕で受け止める。彼の腕にガグルの牙が深く食い込み、血が流れ出した。



 「ガキなんぞ作りおって、あの(アマ)・・・!」



 ホーグは悪態をつきながら、右手でブーツに仕込んであった小型銃を抜き取り、喰いつかれた左腕の隙間からガグルの口の中に銃口をねじ込んだ。


 その銃には引き金が無い。銃身がぎらりと光った次の瞬間、銃口からは銃弾では無く光の矢が放たれた。それはガグルの後頭部を貫き、上空へと駆け上っていった。ホーグは、自分の上に崩れ落ちたガグルの死骸を蹴りのけた。



 「ホーグ、でかいのが目を覚ました!!」

 頭上からテトラの叫び声。



 意識を取り戻した巨大ガグルは、泡を吹きながら痙攣する足を踏ん張って起き上がった。首を大きく振って気合を入れたその巨大ガグルは、我が子の亡骸を赤い目で捉えた。そして隣りに立つ血まみれの白狐を見やり、凄まじい怒号を浴びせた。


 「・・・・。」


 ホーグは離れた場所に落ちている銃剣に向かって駆け出した。巨大ガグルは太い尾の先を地面に滑らせ、白狐に大量の砂を浴びせた。ホーグは、その風圧と砂の威力でバランスを失って地面に転がりながらも、銃剣を拾い上げる。



 荒れ狂う巨大ガグルの尾と足の振動は地震のように周囲のビルを揺らした。ホーグはブーツ底に埋めている浮遊石を操りながら身軽にガグルの猛襲をかわし、ガグルの赤い目に向かって銃剣から一発の光の矢を放った。それは見事にガグルの目に的中し、赤い血が噴き出した。


 しかし、巨大ガグルはその痛みでさらに激しく暴れた。その尾が、テトラのいる建物の一階部分に激しく打ち当たった。

 その振動がテトラの足場を大きく揺らす。床の上から体を乗り出して戦闘を見ていた彼女は、小さな体を強く揺す振られた。


 「うわっ!!」


 案の定、テトラは床から投げ出され、地上へと真っ逆さまに落ちていった。


 ホーグは舌打ち、一旦銃剣を背中に戻した。そして浮遊石の力を最大限に放出した。足裏から地面に穴が開くほどの空圧が生まれ、彼の体が弾かれる様に跳んだ。



 テトラは地面に落ちるぎりぎりの所で、ホーグに受け止められた。彼の靴底で、石の砕ける音が微かに聞こえた。力を出し切ったパイは砕け散ってしまうのだ。



 「あ・・・」



 テトラはすまなさそうな顔をした。



 「ぼけっとするな、離れ――・・・!」



 ホーグはテトラを力の限りに突き飛ばした。

 それとほぼ同時に、ガグルの尾がホーグに直撃する。



 「ホーグ!!」



 彼の体は勢いよく弾き飛ばされ、背中から鉄柱に激突した。そして、彼は砂地に転がり落ちた。


 テトラは動かなくなったホーグに駆け寄ろうとした。だが、その前に巨大ガグルの前足が立ちはだかった。









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