富士山
『煙突の上から見る富士山は格別だ』
善次郎は、煙突の先端に腰掛けて景色を眺めていた。富士山は、東京に広がる屋根の大海原を眼下に見下ろし、悠然と構えていた。秋らしい、雲ひとつない青空。だんだんと濃くなってきた、ひび割れた山頂の、雪のおしろい。高い煙突の上まで、行き交う人々の足音は聞こえない。家々の勝手口から出る包丁や皿洗いの音も聞こえない。善次郎は、まるで富士山とふたりきりのような気がした。
善次郎の仕事は、銭湯の煙突を掃除することである。一日にニか所ほど、東京じゅうの銭湯を掃除して回る。近頃は銭湯の数も少しずつ減ってきているが、同業者が少ないため、それなりに忙しい。必要な仕事であるが、やはり人気はない。そして、たいていは肺病になって死ぬ。善次郎は七十二歳である。
彼は頭と口元に手ぬぐいを巻きつけて、よしと気合いをいれた。
腰に縄をくくりつけて、煙突の中に潜り込む。上からブラシで内部を掻いて煤を落としていく。たちどころに煤が空気中をまって、善次郎の全身を真っ黒にしてしまう。
彼の分厚い手のひらが、煙突の内壁をなぞる。ひんやりとしたコンクリート。灰のざらつき。
煙突の内部を、下に下にくだっていく。煤が体のいたるところに入り込んで、窒息してしまいそうだ。彼は一心に手を動かして、汚れを落としていく。
善次郎は、漁師の三男として生まれた。幼いころから、舟にのって父と兄の仕事を手伝った。海のことは深く知悉していたけれども、彼が船頭になるべき舟はなかった。彼は十五のとき、煙突掃除人の元に奉公に出された。
師匠になった男は四十がらみの独身男で、ひどく無口だった。善次郎は、その男の家に住み込みで働き出した。
善次郎は仕事の初日をよく覚えている。それは彼が銭湯という所に初めて足を踏み入れた日でもあったからだった。彼の家では、海岸に据えた木桶で風呂をすませていたから、足を伸ばせるほどの大きな湯船には感動をおぼえた。
師匠は、『見て覚えろ』という昔ながらのやり方で、善次郎に仕事について何も語らなかった。ぶっきらぼうな男であったけれども、善次郎は彼が好きだった。師匠は、自分でできることは全部自分で片付けてしまうし、善次郎を怒鳴ることも手荒く扱ったこともなかった。たまに小遣いもくれた。
時折、善次郎をおでんの屋台に連れて行ってくれた。師匠は酒も煙草もやらない男であったが、この時ばかりは日本酒を一杯だけ注文して、善次郎と共におでんをつついた。
彼は酒が入ると、少しだけ話をするようになった。彼はよく善次郎に海について尋ねた。彼は下野の百姓の子で、海は東京湾の狭い海しか見たことがなかった。善次郎の話を肴に酒を、少しずつ、少しずつ飲んだ。
善次郎が十九の頃のことである。いつも通り掃除を終えると、煙突の先に手ぬぐいが引っかかったままになっていることに気がついた。善次郎が取りにいこうとすると、師匠はそれを制して、道具の片付けを命じた。師匠が煙突の梯子に足をかけたのを認めて、善次郎は道具を運んでいった。
善次郎の背後で、ドスンという鈍い音が響いた。振り返ると、師匠が地面に倒れていた。駆け寄って呼びかけてみても、師匠は起きなかった。頭から鮮やかな血がとめどなく流れた。
やがて銭湯の主人が呼んだ医者がやってきて、その場で死亡の診断を下した。善次郎はなすすべもなく立ち尽くして、手ぬぐいを握り続けている師匠の手をぼんやりと見ていた。
仕事終わりで師匠の体が真っ黒だったので、銭湯の主人と女房と善次郎で、湯灌をしてやることにした。
木の板に師匠の遺体をのせて、暖簾をくぐり浴室に運び込んだ。真っ黒になっている服を女房が脱がしてやると、色白の地肌があらわれた。流し場で汚れを落としていく。主人が大急ぎで沸かした湯は、遺体の上を清らかに、やさしく、流れていった。
善次郎は、師匠に触れる指先の感触をつよく意識した。彼が師匠の体に触れるのは、この四年の間で初めてのような気がしたから。
師匠は細身であったが、触れてみると、そこには逞しい筋肉が確かにあった。仕事に生きた男の苦労と誇りが、善次郎の掌を通して伝わってくるようだった。
主人と善次郎で遺体を抱いて、湯船に浮かべた。天窓からさしてくる、朝の日光が湯の水面を輝かして、師匠の体はことさら白くみえた。師匠の表情がどことなく柔らかくなった気がして、善次郎は少し安堵し、泣いた。
薪を入れる釜の口から、全身真っ黒になった善次郎が這い出てきた。激しく咳き込む。唾をぺっと吐くと、唾まで黒くなっていた。膝や腰が悲鳴を上げている。
落とした煙突の灰を掻き出して、釜を磨いていく。善次郎はまだ冷たい釜の鉄の体をやさしく触れた。薪をいれ火をつければ、それは目覚めたように高熱を出し煙を吐く。釜は生きもののようだった。
一仕事終えて、彼は銭湯の一番風呂をいただいた。磨かれたばかりの床のタイルが、足裏をなめらかにすべって気持ちが良かった。等間隔に据えられた鏡は明瞭に澄んで、やがて現れるであろう客たちを厳かに待ち受けていた。
体を清めて、湯にざぶんと入った。浴槽から溢れ出る水の音が、まだ静かな浴室の中を響いた。
善次郎は、富士山の壁画を仰ぎ見た。その富士山は、ペンキのはっきりとした青色で描かれていた。富士山の下には、松やら白波やらが雄々しく猛るように描かれていて、まさに銭湯富士の典型のような絵だった。善次郎が今まで、こういう絵を何度、目にしたか知らない。
『富士山は、煙突の上から見るのが一番だ』
善次郎は、そう思った。




