表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あがきの果てに  作者: 縁日の丸
ガレリア辺境伯領編
13/13

情報の地層と契約の精霊

『追記、これは王国歴1621年現在の情報だ。

俺は、西暦2023年の5月にこの世界に来た。どうやらこの世界と地球では時間の流れ方が違うらしい。


さて、この世界についてだ。

まず宗教ができていた。名前を「双天檻教そうてんかんきょう」という。あの輝く天体を「輝星」、黒い天体を「黒星」とずいぶんそのままな名前で呼んでおり、「輝星」は慈愛、生命、昼を司る。人間に触媒という知恵を与えた存在、「黒星」は裁き、死、夜を司る。不浄なものを浄化する存在、「古神の檻」は地上に開いた神の口。黒星が不浄を飲み込む場所であり、同時に輝星が恵みを吐き出す場所(聖域)。として崇めているようだ。


信者は毎日数回簡素な祈りを捧げ、週に一度教会に集まりしっかりと祈りを捧げている。その他には、赤子が生まれたときに教会へ連れて行き、恵みが与えられるように司祭に祈ってもらうなど、異世界人の生活に根差した宗教だということが確認された。


今のところこの世界の宗教はこれ一つで、それなりに権力があるようだ。その証拠に、オルビス教国という双天檻教の宗主国が存在している。これは、聖都アイテールといくつかの小さな村だけの国で、アヴァロン王国の東に位置している。


国は、現在アヴァロン王国とオルビス教国の二つだけで、両国の関係は良好。アヴァロン王国は、林さんの時代からかなり発展を遂げており、人口は約百万人ほどだ。特定の貴族に権力が集中しているような様子はないが、強いてあげるなら、国の中心部に領地を持つ王族と、古神の檻と広く面している領地を持つガレリア辺境伯が裕福そうな印象を受ける。王族は、国の中心だから交易路として頻繁に人が行き交うため、ガレリア辺境伯は、檻の魔物を撃退するための軍事力と、それを活用して檻の恩恵を受けているためだ。


そして、かなり重要なことだが、世界の大まかな形が判明した。まず、輪郭はかなり丸に近い。特に大きく飛び出したりへこんだりしているような場所はない。そして驚くべきは古神の檻の形だ。なんと正円だった。本当に完璧な正円だ。凹凸は一切ない。このある種不気味ともいえる形が双天檻教が起こしたのだろう。整理すると、この世界は古神の檻を穴としたドーナツ型の大陸だった。海の外に別の大陸があるかもしれないが、魔物がうじゃうじゃしている海で航海するのは、そう簡単なことでもないだろう。アヴァロン王国が存在しているのは大陸の南側だ。まだ西や北、北東には進出できていない。大陸の具体的な大きさまでは判明していないが、大体古神の檻とそれ以外が同じくらいの面積に見える。恐らくこれを見ている君の時代にはもう少し正確な情報があるはずだから、確認してみてくれ。


次に精霊についてだが、俺も精霊と会話することに成功した。おそらくは日本人特有の能力なのだろう。

まだ話せるか確認していないなら確認しておいた方がいい。精霊に関する情報は、精霊本人に聞いた方が早いから、ここに記す必要はないだろう。


古神の檻についても新しい情報がある。どうやら古神の檻一帯には汚染物質のようなものが存在するらしい。それを体内に取り込むことによって、正気を失っていたようだ。この汚染物質を「瘴気」と呼ぶことにした。この情報はかなり役立ち、今まで平均して2日ほどで正気を失っていた人たちが、平均5日は活動できるようになった。それと、正気を失った人間を元に戻す方法が分かった。それは、古神の檻の魔物の肉もしくは古神の檻に自生している植物を食べること。正気を失った人間にそれらの食材を与えることで、もとに戻すことに成功した。これを正気を失う対策に使えるかとも考えられたが、そのような効果は確認されなかった。しかし、これから古神の檻の情報は少しずつ集まっていくことだろう。


貴族たちとの契約はいまだ継続している。契約の精霊の話では、ほとんど永続するレベルの触媒を捧げられたそうだ。それだけの触媒をどうやって集めたのか不思議でならないと同時に、その執念に感激してしまう。


話がそれてしまった。最後に言葉が通じる謎についてだが、一つ仮説がある。それは、この世界の食べ物を食べることで、言葉が理解できるように体が変化したのではないかというものだ。俺がこの世界に来たばかりの話だ。俺は、アヴァロン王国の王都である黄金都レアルタで目を覚ました。その時看板の文字や人々の会話を全く理解することができなかった。だが、飢えが限界に達した時、ごみ箱を漁って食べられそうなものを片っ端から食べた。そのあとから、だんだんと文字や言葉が理解できるようになった。あの時は無我夢中で何を食べたのかは覚えていないが、この世界の文字や言語を理解するためには、この世界のものを食べるか、何か特定のものを食べること必要があるのではないだろうか。


この仮説を証明するには、俺のように、食事をする前に人間と接触する必要があるため、かなり難しいと思うが、俺と同じような状況になったやつが証明してくれることを願っている。

                                      平澤 海』


拓斗は、平澤海の手記にある「双天檻教」という文字をなぞった。


(輝星と黒星……檻は神の口、か)


脳裏に浮かんだのは、ハルン村で世話になったヨハン神父の穏やかな笑顔だった。彼は拓斗を村に受け入れ、温かいスープを与えてくれた。あの慈愛に満ちた老人が、「不気味な正円の檻」を聖域として崇める宗教の末端だったという事実に、拓斗は背筋が寒くなるのを感じた。


海の手記によれば、この宗教は生活に深く根差し、かつてはオルビス教国という宗主国まで持っていたという。 「恵みが与えられるように……」と祈るヨハン神父の姿。それは善意に満ちていたが、その信仰の対象が、あの多くの人を狂わせる「瘴気」の源であるという矛盾が、拓斗の胸に得体の知れない不安を植え付けた。


拓斗は呼び鈴を鳴らし、控えていたヴィクトールに「この世界の正確な地図」を要求した。 しばらくして運ばれてきたのは、複写されたばかりの重厚な大判の羊皮紙だった。


拓斗はそれを書斎の机に広げ、海の手記と照らし合わせた。


「……全然、違う」


海の時代、国はアヴァロンとオルビスの二つだけだった。だが、目の前の地図には新たな境界線が引かれていた。 正円の「檻」を囲むドーナツ型の大陸。その南側一帯を支配するアヴァロン王国の影に隠れるように東端にオルビス教国があるのは変わりない。しかし――。


「バルザス帝国……それに、カスティア連邦」


檻の北側、かつて未踏の地だった場所には武骨な紋章と共に「バルザス帝国」の名があり、西側には複数の都市が結びついており「カスティア連邦」の名が刻まれていた。 5000年という月日は、人類を檻の向こう側へと押し進め、新たな火種を生んでいたのだ。


そして何より目を引くのは、アヴァロン王国内におけるガレリア領の広大さだった。 ガレリア辺境伯領は、アヴァロン王国の領土の中で最も多く「檻」の円周に接している。海の手記の通り、ここは瘴気という毒の源泉でありながら、そこから溢れ出す「魔物」や「資源」を独占できる、軍事的・経済的な要衝なのだ。


ボレアスが契約に縛られながらも執拗に「内容」を知りたがる理由。それは、この肥大化した四大国時代のパワーバランスを、写本の知識で一気に塗り替えるためではないか。


拓斗は地図を脇に退け、再び脳裏に直接語りかけてくる存在を呼び出した。


「……精霊、そこにいるか?」


『いるよ。質問? それともお喋り?』


相変わらずの、性別も年齢も判然としない透き通った声。拓斗はふと思い立ち、気になっていたことを口にした。


「……あんたに、名前はあるのか? いつまでも『精霊』と呼ぶのも変だと思って」


『名前? ボクら精霊に個体名なんて概念はないよ。でも……』


声が少しだけ、懐かしむような響きを帯びた。


『一人目の、林の女が勝手につけたよ。ボクのことを**「ミカゲ」**って呼んでた。キミたちの言葉で「美しい影」とかそんな意味だって言ってたかな。ボクは結構気に入ってるんだ』


「ミカゲ……」


林美香。彼女はこの冷徹な契約のシステムを「ミカゲ」と呼び、対等な話し相手として接していたのだ。殺伐とした世界で彼女が抱えていた孤独の深さが、その名前一つから伝わってくるようだった。


「わかった、ミカゲ。聞きたいことがあるんだが……地図を見た。今の世界にはアヴァロン以外にバルザスやカスティアという国があるらしい。それについて何か知っているか?」


『うーん、ごめん。ボクは林の女との約束で、このアヴァロンの王族と貴族の契約を維持することに付きっきりなんだ。この範囲外で何が起きようと、誰が新しい国を作ろうと、ボクの感知できることじゃないんだよね』


「……そうか。じゃあ、海……平澤海という男についてはどうだ? 彼も、あんたと話したのか?」


『あぁ、あのゴミを漁ってお腹を壊していた男の子ね。懐かしいな。ボクをミカゲって呼ぼうとしたけど、照れくさかったのか結局最後まで『精霊さん』って呼んでたよ。彼は熱心に檻の秘密を暴こうとして、最後は……あ、ボク、これ以上は言えないや。契約に関係ないこと話しすぎると、ボクのエネルギーが減っちゃうからね。じゃあね、タクト』


「待て、ミカゲ! 彼はどうなったんだ!?」


呼びかけても、もう返答はない。脳裏の感触はふっと消え、部屋には蝋燭が爆ぜる音だけが残された。


拓斗は椅子に深く背中を預け、天井を仰いだ。 本の中にあった「ゴミ箱を漁って食べられそうなものを片っ端から食べた」という話を思い出す。平澤海という男は、この世界に馴染むために、あるいは生き延びるために、文字通り泥を啜るような思いをしてきたのだ。


(この世界のものを食べると、言葉が理解できるようになる……。海さんはそれを証明するために、誰かが同じ状況になることを願っていた)


拓斗は自分の喉元に触れた。 自分がこの世界の言葉を、さも当然のように聞き取り、話せている現状。それは、あの檻の中で口にした魔物の肉や、得体の知れない木の実の結果だったのだろうか。


もし、自分が檻で何も口にせず、ただ救助を待っていたとしたら。 もし、ガレリア家の人々に会う前に「食事」を済ませていなかったら。 今、自分はヴィクトールと意思疎通することすらできず、ただの「言葉の通じない家畜」として扱われていたかもしれない。


(海さんは……最後、どうなったんだ)


手記の文末は、美香の時とは違い、どこか急いで書かれたような、あるいは力尽きたような不安定さがあった。 ミカゲは彼の結末をを「契約に関係ない」とはぐらかした、それは、精霊ですら守ってくれない領域に海が踏み込んだことを意味しているのではないか。


拓斗は視線を机の上の写本に戻した。 指先に触れる古い紙の質感。そこには、美香の理知的な警告と、海の切実な生存戦略が刻まれている。 だが、その後に続くページはまだ何枚も残っていた。


「七千年の間に……一体、何人がここに来たんだ」


美香から海までが1600年。今の王国歴が6984年だとすれば、この後にも数人、あるいは十数人の「先人」がこの本を受け継いできたはずだ。


彼らの知識は、今の拓斗にとって文字通りの命綱だ。 しかし同時に、彼らがこの世界でどのように「使い捨てられた」のかを知る、残酷な記録でもある。


「……次は、誰だ」


拓斗は唇を噛み締め、震える指でページをめくった。 次に現れたのは、さらに時代が下り、紙の色がより現代に近い白さを保っているページだった。


『追記、これは王国歴3010年の記録です。――』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ