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私の『天敵』は隠れストーカーでした  作者: 雨宮礼雨


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9. 近付いてくる天敵


 【アベニウス暦六三九年、黄の月、五十七日】


 黄の月も終わりに近付き、気候もかなり暑さを感じるようになってきた頃。


 「ああ嫌だ!あと三日で試験だなんて、嫌だ嫌だイヤダ!!」

 「ハナ…教科書が逆さまだよ。」

 「はあ、重症ね。」


 試験嫌いのハナが、暴走し始めた。


 前の学校に通っている時も試験前はいつもこうだったらしい。ハナは決して勉強ができないわけではないのだが、試験日が近付くにつれ不安が爆発的に高まってしまう性格のようだ。


 「はあああ…あれもこれもまだ覚えていないのに……」


 そうして爆発した後は一気に落ち込んでしまうハナを慰めながら、レイとヨカはハナの教科書の向きを直し、試験勉強を再開した。


 「それにしても、自習室として開放されているって言う割には、あまり人がいないのね。」


 この日レイ達が集まって勉強していたのは、普段は座学の授業で使用している教室だった。午前中しか使用しないこの場所は、午後はしっかりと締め切り生徒はむやみに入れないようになっている。だが試験の七日前からは解放し、自習室として使っていいことになっているのだ。


 「そうだよね。いち、に、さん、私達以外に三人しかいないんだ。あ、ハナ、ペンが逆だよ?」

 「ううう、この材料の組み合わせが頭に入らないいいい…」

 「ほんと、困った子ね。」


 そうしてレイとヨカはハナを何度も励ましながら、三人でひたすら暗記作業を続けていった。



 しかし三十分後、とうとうハナが限界を迎える。


 「んあああああっ!!もう無理だわ!!」


 彼女は突然そう叫ぶと、今まさに書き込んでいたノートを上に放り投げ、「ごめん、今日は帰る!」とだけ言ってレイに思いっきり抱きついてから教室を出ていった。


 「ハナ…バッグも逆さまに抱えていったけど、大丈夫かな?」

 「いろんな意味で、大丈夫じゃないでしょ。」


 二人はぽかんとハナを見送った後、今日はもう終わりにしようとどちらからともなく口にして、片付けを始めた。



 さて帰ろうかと二人が廊下に出たその時、レイは目を疑うような光景に反応し、立ち止まった。


 「え、なんでここに…」


 レイの視線の先には、廊下の窓から差し込む柔らかな光を浴びて生成科の教師と立ち話をしているユーリの姿があった。彼はレイに気付き、軽く手を挙げて微笑む。


 「あれ、レイ。今帰り?」

 「あ、はあ。ええと、なぜ養成科のあなた様がコチラに?」

 「ああ、こちらのジェフ先生に用事があってね。…そちらは、お友達かな?」


 レイの横で静かに立っていたヨカが、珍しくにっこりと愛想良く微笑む。顔だけなら妖艶で美人な女性にしか見えないが、背が高く体つきは当然男性なので、今日は特に威圧感を感じる。


 「ええ。レイのクラスメートのヨカです。あなたが同じ工房のユーリさんかしら?」


 するとユーリはぴくりと眉を動かしてから、あの怖いほど優しい笑顔を浮かべて言った。


 「ええ、そうです。…そうだ、レイ。君今夜は食事当番だから、時間に間に合うように帰ってきなさいね。ではジェフ先生、例の件宜しくお願いします。」

 「え?あ、ああ。わかった。君達も気をつけて帰りなさい。」


 (何このピリピリした空気…え、私だけ状況がわかってないの?)


 そうしてよくわからない緊張感が漂っていたその場は解散となり、レイはヨカと連れだってそこを離れた。


 「あの人、どうしてこっちの校舎にいたのかしら?生成科の先生に用事なんて無いだろうし。」

 「そうねえ。それにあのユーリって男、私に敵対心剥き出しだったわね。」


 レイはヨカの言葉の意図するところが掴めず、その場で立ち止まり首を傾げた。


 「え、どうして?二人は初対面だよね?あ!もしかして、ヨカの美しさに嫉妬……?」


 ヨカはジトっとした冷たい目でレイを見ると、はああ、と深いため息を吐く。


 「どうしてそうなるのよアホな子ね!私時々、あんたのその能天気さが羨ましくなるわ。」

 「アホな子?能天気!?……やだ!それ、よく言われる!」


 なぜか嬉しそうにはしゃぐレイの頭に拳をぐりぐりと押し付けると、ヨカは顔を顰めて言った。


 「いたたたた!」

 「もう、あんたは!そんなに鈍いと、いつかとことん困る羽目になるわよ!?」


 呆れ顔でそう言ったヨカは流れるようにレイの手首を掴み、「ほら早く帰るわよ!」と急き立てながら校舎の外へと引っ張っていく。


 「ええ?困ってるのは今なんだけど!ちょっと、ヨカ!?」


 ジタバタしながら外に出たレイは、その後も五分ほどあれやこれやと説教をされながら帰路につき、途中で方向の違う彼と別れて寮に帰った。



 その日の夜。


 無事食事当番を終えて部屋に戻ると、ドアの前に腕を組んで立つユーリの姿があった。


 「げ、なんでここに…」


 自分にしか聞こえない声で呟いたつもりだったが、こちらに気付いたユーリの顔にはあの特上の笑顔が張り付いていた。


 「なんでって、ちょっとお願いがあるんだけど。今、話せるかな?」


 そしてもちろん、レイの声は聞こえていたらしい。


 「ええと、はい。」


 (仕方ない。嫌なことは早く終わらせよう!)


 部屋に入れるのだけは断固として断ると態度で示しつつ、その場でニコッと笑って彼の話を聞く体勢を取る。しかしそんな姑息な考えは当然彼にはお見通しだった。


 「…なるほど、ここでね。まあいいか。」


 そう言うとユーリはニヤリと意地悪そうに笑い、突然声量を上げてとんでもないことを口走り始めた。


 「さっきジェフ先生と、君の授業態度について話をしていた件なんだけど!」

 「ぎゃー!?」


 レイは大慌てでユーリの口を両手で押さえ込むと、工房や食堂から顔を出した職人達の訝しげな視線から逃れるように、急いでユーリを自分の部屋に引き入れた。


 バタン、とドアが閉まり、レイは大きく息を吐く。そしてキッとユーリを睨みつけると、恨めしそうな声で言った。


 「なんて酷い!こんな公共の場で、私の秘密をばらそうとするなんてっ!!」


 するとユーリは面白そうに眉を上げて微笑む。


 「いやいや公共の場って。ここは建物の中だし、先輩職人さん達に知られたって問題は無いでしょ?というか、別に君の授業態度に問題は無いって先生は言ってたよ。」

 「……」


 まるで問題があるかのような言い方をして部屋に入ってくるなんて!と頬を膨らませ、口をへの字の形にして怒っていると、ユーリはそんなレイを無視して近くにある椅子に腰掛けた。


 「さて、本題。君も知っての通り、俺は『魔法師養成科』の生徒だ。例年第一試験後の十日間、養成科の生徒は魔法珠生成技能士の資格を持つ先生方と合同で、特殊な魔法珠を作る研修を行っている。だけど今年は少しやり方を変えてみたらどうかと思ってね。」


 レイは彼が何を言わんとしているのかその意図が掴めず、戸惑いながら「はあ」と相槌を打つ。ユーリは続けた。


 「せっかく魔法珠生成技能士を目指す生徒達が隣の校舎にいるんだから、合同で研修したらどうですか、って先生に提案してみたんだよ。」


 (ん?合同?)


 レイはドアに寄りかかりながら腕を組んで考え込む。


 「でもそれって、私には関係無い話ですよね?」

 「ははは。じゃあどうして俺はここにいるのかな?」

 「え…まさか、私を巻き込むつもりですか!?」


 ユーリの表情がパッと明るくなる。


 「正解!」

 「どうして!?」

 「だって気心が知れた人と組んだ方が安心じゃないか。しかも今回はコンテストも込みの研修なんだ。良いものが作れたペアには賞金も出る。」

 「ペア?賞金!?」


 気心が知れてという言葉にも引っかかったが、話が壮大かつ恐ろしいものになりつつあるのを感じてレイは震え上がった。


 「じゃ、じゃあ私とユーリで組んで、新しい魔法珠を作るってことですか?」


 ユーリはすっと椅子から立ち上がると、レイの近くまでやってきて微笑んだ。


 「そうだよ。もちろん、構わないよね?」

 「い、一旦考えさせてくださいっ!!」

 「えー、どうしようかなあ?そういえば、実技の時間にレイがフランカの花を教室中に飛び散らせたって…」

 「ぎゃー!!どうしてそれを!?ああ、こんなこと師匠に知られたらどうなるか…」


 その瞬間、ユーリの勝ち誇ったような顔がレイの目の前に迫った。


 「俺は別に脅すつもりはないからね。レイの意思で、どうするか決めて?」

 「これが脅しでないなら何だって言うんですか!?」

 「ははは。まあ、考えておいてよ。前向きに、ね?」

 「むう…」


 結局この時に最終的な返事はできず、笑顔の彼は「明日返事を聞くから」と言い残してレイの部屋を去っていった。


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