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私の『天敵』は隠れストーカーでした  作者: 雨宮礼雨


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8. プレゼント、プレゼント!


 【アベニウス暦六三九年、黄の月、五十日】


 少し汗ばむほどの暖かさを感じられたこの日、レイは朝から工房の片付けに駆り出されていた。


 月に一度は必ず行うこの『大掃除』の日には、職人も事務として働く人も全員参加で、掃除と資材の整理、棚卸しなどを行う。


 月末はどうしても慌ただしくなるため、その十日位前に行うのがここでのルールらしい。もちろん学校はこの日お休みだ。



 「レイちゃん、こっちの箱をあの棚に置いてもらえる?」

 「はい!ナーナさん、食堂にお茶準備しておきましたので、休憩してきてくださいね!」

 「ありがとう!レイちゃんはいつも気が利くから助かるわ。じゃあちょっと休憩してくるわね。」


 ナーナさんは工房長であるコニー・マルーンの妻で、ここの事務全般を取り仕切っている可愛らしく快活な女性だ。童顔なのでとても三十代半ばには見えず、レイはいつも本当の姉のように慕っていた。


 「レイ、その箱を移動したらこっちも手伝ってください。」

 「あ、はい。」


 だがナーナとの会話でほっこりしていたレイを、ユーリの声があっさりと現実に引き戻した。


 彼は最近、もう以前のような無茶な頼み事はしてこない。本人も言っていたように、ただの新人の通過儀礼をまるで彼が押し付けたかのように見せていただけだったようだし、最初からそれ以上何かするつもりもなかったのだろう。


 だが冷たさを感じる言動は相変わらずで、彼の優しい笑みの中に小さな恐怖を感じる日々はまだまだ続いていた。



 レイは手に持った箱を棚にしまい終えると、急いでユーリの元に向かう。


 「お待たせしました。何をしたらいいですか?」


 するとユーリは、作業台の上に置かれた三つの大きな箱の前に立ち、にっこりと微笑んで言った。


 「うん。これ全部混ざってしまった基本素材なんだけど、仕分け、お願いできるかな?」


 レイは箱を覗き込んで唖然とする。


 「これ、全部ですか!?」

 「あはは。顔が怖いよ、レイ?もちろん俺も一緒にやるから。」

 「……はい。」


 (量の多さも半端じゃないけど、これだけの仕分けをするとなったら二人でも二時間はかかる。そんなに長くユーリの近くにいるのは拷問なのでは?)


 仕事の内容よりも、ユーリと長時間過ごさなければならないことの方が憂鬱だ。だが先輩の指示には従わなければならない。


 気持ちが乗らないままチラッと横を見ると、彼はすでに作業を始めていた。黙々と取り組むその横顔は見入ってしまうほど美しい。実際、学校でも科を問わず多くの女子からモテているらしいと聞いている。


 (どんなにかっこよくても、性格がアレじゃあね…)


 酷いことを考えているなと自分でも思ったが、天敵に情けは必要ないだろう。


 レイは仕方なくユーリから少し離れた場所に立ち、大量の仕分け作業に取り掛かっていった。



 そうして全ての仕分けが終わったのは、一時間半後だった。


 だがさらにその後、仕分け後の箱を倉庫へと運び込む作業が待っていた。かなり大きな箱なので当然一人では持てず、結局ユーリと二人で一箱ずつ丁寧に運んでいくこととなる。


 (倉庫が遠いよ…ああ、あと一箱、あと一箱、あと一箱…)


 早くこの場から逃げ出したくて、つい頭の中で箱の数をカウントしてしまう。だがとうとうそんな心の内まで彼に読まれてしまったらしい。


 「ねえ、顔に『あと一箱』って書いてあるよ?」

 「…心を読むの、やめてくれません?」


 さらに疲労感を感じつつもレイは淡々と作業を続け、十五分程で無事にユーリとの共同作業を完了させた。


 「ああ、そうだ、レイ。」

 「な、何ですか?」


 しかし解放された喜びに震えながら倉庫のドアに手を掛けたその時、ユーリが容赦なくレイを呼び止める。そしてレイは、絶望感一杯の顔をユーリに向けた。


 「ぷはっ!なんて顔してるんだ?あはははは!!」


 するとレイの顔を見たユーリは思いっきり噴き出し、そのまま腹を抱えて笑い始めた。


 「い、いくら何でも笑い過ぎでは!?」


 レイが頬を膨らませてそう文句を言うと、ユーリはくっくっと笑いながら顔を背け、ちょっと待ってとでも言うように手を前に突き出した。


 「はあ、笑った。笑い過ぎてもうお腹いっぱいだ。」

 「ご満足いただけたようで何よりです。」

 「うん、満足。だから君に良いものをあげるよ。」

 「え?」


 唐突な話に目を丸くしていると、ユーリは突然倉庫の棚の上に置いてあった比較的綺麗な箱を下ろし始め、それを床に置くとその蓋を開いた。そして中から革製の何かを取り出す。


 「はい、どうぞ。」

 「ええと、これは?」


 思わず受け取ってしまってからそう尋ねると、彼は箱を片付けながらそれに答えた。


 「それは俺が昔自分で買った道具入れだよ。残念ながらその後すぐに別のものを叔父が買ってくれてね。買ってもらった手前そちらを使わないとまずいからこっちはしまっておいたんだけど、使わないと逆に傷みそうだから、君にあげるよ。」

 「でも…」


 レイは戸惑いつつもその道具入れを開いてみる。手触りは滑らかで、素材の良さがひしひしと伝わってくる。中の作りも細かい道具がしまいやすいようにいくつもの小さな仕切りが付いており、そのどれもが丁寧に、そして丈夫にできていた。


 「やっぱりこんな良いもの、頂けません!」


 質の良さに青くなったレイは、慌ててそれをユーリに突き返したが、彼は頑なにそれを受け取ってくれなかった。


 「でも君、今は自分の道具入れ、持ってないんだよね?まさかとは思うけど、そんな状態で師匠達に教わろうなんて思ってないよね?」

 「ぐうっ……」


 (確かに道具入れが無いと動きが悪くなるし、いざという時困るのはわかってるんだけど…でもこんなにいいものをタダで貰うわけには…)


 暫しの間受け取るべきかどうかで悩んでいると、ユーリはダメ押しするようにこう言った。


 「俺はもう使わないから、君が要らないなら捨てるしか…」

 「ちょ、頂戴します!!」

 「ああ、そう?それなら良かった。」


 (負けた…いやでも、私が道具入れを壊したって聞いて、ユーリなりに気を遣ってくれたのかな?)


 レイがチラリと探るようにユーリを見ると、彼はレイの横を通りながらぽん、と頭を優しく叩いて言った。


 「余計なこと考えてないで、それ、早く部屋にしまってきたら?後輩が道具入れ一つ持ってないなんて先輩方に知られたくないだけだし、君の考えなんて全部お見通しなんだからさ。」

 「ううう、ワカリマシタ…」


 これ以上心を読まれたらたまらないと、レイは慌てて倉庫を飛び出し、道具入れを自分の部屋に持ち帰った。




 その日の夕方、レイは疲れた体を引き摺るようにして買い物に出掛けた。


 「あんな高価な物貰っちゃったらさすがにお礼しないと…でも何がいいかなあ?」


 暗くなる前にと急いで家を出てきたものの、ユーリの好き嫌いなど全く知らないレイは、何をお返ししたらいいのか見当もつかず、うんうん唸りながら商店街を歩いていく。


 するとその時、聞き覚えのある声がレイを呼び止めた。


 「あれ、レイ?うっわ、本当にレイじゃん!!」


 声の方向が掴めずキョロキョロしていると、後ろから肩を掴まれ慌てて振り返る。


 「ニール!?」

 「よう!久しぶりだな!」


 成人のお祝い会以来の友人との再会に、レイは思わず笑顔を見せる。


 「どうしたの?あ、ニールもこの辺に住んでるの?」

 「いや、家はもう少し南の方にあるよ。この近くにあるのは学校。…なあレイ、せっかく会ったんだし、ちょっとそこらで話さない?」


 ニールの誘いに一瞬乗りかけて、レイは首を横に振った。


 「ううん、ごめん、今は買い物がしたいんだ。もう少しで暗くなっちゃうから急いでて。また今度」

 「じゃあ俺も買い物付き合うよ。いいだろ?」

 「ええ?まあ、いいか。」

 「やった!」


 そんな流れで、レイは仕方なくニールを連れて買い物に行くこととなった。



 散々迷った後、魔法珠関連の店を見つけたレイは、その店で人気だという『道具手入れセット』なるものを購入し、ほっと胸を撫で下ろした。


 「道具の手入れは大事だよなあ。でも、なんで包装なんかしてもらってるんだ?」


 会計を済ませている間にそう尋ねてきたニールに「ああ、先輩へのお礼の品だから」と返す。すると彼は突然、レイの顔に自分の顔をぐっと近付けた。


 「何それ。ねえそいつ、男?」

 「うっわちっか!?ちょっと、顔近付け過ぎじゃない!?もう少し向こうに行って、よ!」


 レイが必死でニールの顎を押し返すと、彼はその手首を掴んでそれに抗う。


 「やっぱり男なんだな。顔は?性格は?」

 「ニール、いい加減にして!これ以上近付くなら毛根をダメにする魔法珠をこれから毎年あんたの家に送りつけるわよ?」

 「地味に嫌だな!…ってそうじゃなくて、ああもう!」


 何やら憤慨していたようだが、どうにか手を離してくれたニールからススと距離を取り、購入した品を店員から受け取ったレイは急いで店を出た。


 だがなぜかニールは店からなかなか出て来ない。さすがに黙って帰るのは悪いと思い、店の外で彼を待っていると、数分してからニールは小さな紙袋を手に店から出てきた。


 「良かった、まだいた!」

 「だって勝手に帰れないでしょ?もう、何してたの?」

 「ほらこれ。やる。」

 「え、何?」


 突然胸の前に押し付けられたその紙袋を開くと、中には小さなピンク色の魔法珠が一つ、可愛らしい布に包まれて入っていた。


 「な、何これ?え、私にこれで何か悪事を働いてこい!とかそういう…」

 「バカ言うな!それはその、バラの香りを放つ魔法珠だって書いてあったから、さ。まあ、部屋にでも飾れば?」

 「……何かあったの?話なら聞くよ?三分なら。」

 「その母さんみたいな心配の仕方はやめろ!しかも三分て短いな!」

 「だって、誕生日でもないのにプレゼントを貰う理由がないじゃない。あと、時間も無いし。」


 するとニールは顔を真っ赤にしてレイの前に立ち、言った。


 「いいからそれは貰っとけ。それで、部屋に置いておくか持ち歩いて、その香りがする度に俺を思い出せよ!」


 レイは黙って何度か瞬きをした後、口を開いた。


 「思い出せ!って言われても困るんだけど…まあでも、バラの香りは好きだから、とにかくありがと。」

 「好き…あっ、そうか、うん。なら良かった。」


 ニールのおかしな言動に首を傾げつつも、久々に人から貰う魔法珠が嬉しくて思わず微笑んでしまう。帰ったら早速使ってみようかな、などと考えながらしばらく並んで歩き、二人はそれぞれの住所を伝え合うとその場で別れた。


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