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私の『天敵』は隠れストーカーでした  作者: 雨宮礼雨


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7. ユーリの誤算


 【アベニウス暦六三九年、黄の月、四十五日】


 「この度はこちらの職員が色々とご迷惑をお掛けしてしまったようで、本当に申し訳ありませんでした。お怪我がなくて何よりです。こちらからももちろん連絡を入れますが、アリエラ先生にはどうぞよろしくお伝えください。」


 倉庫での騒動の後、組合の倉庫責任者がユーリの元に慌てて駆けつけ、すぐに状況確認と謝罪をしてくれた。


 どうも組合の責任者達はある程度犯人に目星をつけていたようなのだが、今回の調査でちょっと揺さぶるだけのつもりが、急転直下犯人確保に至ってしまったと、かなり驚いている様子だった。


 この犯人の男は、少し前に組合で問題を起こし減給されていたという。それを逆恨みして今回の事件を引き起こしたのだろうと責任者の男性は語っていた。


 「いえ、こちらこそ結局騒ぎを起こしてしまい、申し訳ございませんでした。」


 ユーリは丁寧にそう答え、レイも黙って頭を下げる。


 「とんでもない!これ以上の損失を出すわけにはいかなかったので、今回は本当に助かりました。ベルマンさんも、ご苦労様でした。」

 「あ、いえ。私の勝手な判断でお騒がせして申し訳ありませんでした。」


 そうして大人同士の気遣い溢れるやり取りを終えると、ユーリとレイは素材組合を後にした。時間はすでに正午を大きく回っていた。



 帰り道、気まずいレイは、ユーリの数歩後ろを黙々と歩いていた。


 (どうしよう、やらかしちゃったかなあ。ユーリ、きっと怒ってるよね…?)


 チラッチラッと黒い帽子に目をやりつつ、帰ってから何をされるか、何を言われるかわからない、という恐怖に怯える。


 「地下室は嫌、地下室は嫌、地下室は嫌……」


 これまでの体験の中で最も嫌だった地下室の掃除だけは免れますようにと、レイは祈るように何度も何度も呟き続ける。


 だがその呟きは、突然振り返って立ち止まったユーリによって遮られた。


 「レイ、聞こえてるよ?」

 「あ…あはは。聞こえてました?」


 ユーリはため息を吐くと丸い眼鏡を外し、目を細めて言った。


 「誤解があるようだから言っておくけど、虫退治も地下室の掃除も、ここに来た新人は全員通った道だから。決して俺が君に嫌がらせしたわけじゃないからね。」

 「え?そうだったんですか?」

 「はあ。やはり意地悪でやったと思っていたのか。」

 「あー、あはは。」


 レイの引き攣った笑いに苦々しい表情を見せたユーリは、額を手で押さえながら続けた。


 「正直に言うと、確かにそう思われてもおかしくないようなタイミングでお願いしたことは事実だよ。君が、『ヨハン・ベルマン特殊魔法珠生成技能士』の娘だと知って羨ましかったからつい、ね。」

 「え?」


 あの冷静沈着陰険なユーリがまさか自分の出自を羨ましがっていただなんて、レイは想像もしていなかった。


 「別にいじめようと思っていたわけではないよ。あえて誤解を生むような状況で依頼はしたけど、それだけ。」

 「そ、そうですか…」

 「うん。だから今後君に地下室の掃除を任せることはないし、そもそも今回のことは結果的に君のお手柄だったんだから、労うことはあっても責めたりはしない。だからそんなに怯えなくていい。」

 「うっ、…はい。」


 ユーリはまだ何か言いたげだったが、手にしていた眼鏡を再びしっかりと掛けると、顔を背けて言った。


 「とにかくそういうことだから、今日はその、助かった。」

 「えっ……ユーリが、あのユーリが私にありがとうを言うなんて……!」

 「いや、そうは言っていないが。」


 その場に急激に冷たい空気が漂うが、レイは食い下がった。


 「えー、だって今、助かったって…」

 「それは言った。でもありがとうとは言ってないだろう?」

 「うわ、そんな子供みたいなこと言って!」

 「…はあ、わかった。それなら、君の期待に応えようか。」


 すると呆れ顔のユーリは自分の帽子をサッと脱ぎ、それをレイの頭に被せると、帽子の鍔ごとレイを自分に引き寄せて言った。


 「ありがとう、レイ。」

 「ひっ……!?」


 予想外に耳の近くで囁かれたその声と言葉に、レイは真っ赤になって狼狽え始めた。


 「な、な、何、何して…!?」


 しかしユーリは余裕の笑みを見せながらレイから帽子を剥ぎ取ると、再び自分の頭に被せてから言った。


 「ははは。君ってほんと揶揄い甲斐があるよね。まあ、これからも色々とよろしく。」


 そうしてユーリは絶句し呆然と立ち尽くすレイをその場に残し、振り返りもせずに工房へと戻っていった。



 ― ― ―



 素材組合での調査を終えて帰宅したユーリは、昼食を済ませ、残っていた学校の課題を片付けると工房に顔を出した。


 (レイはまた工房にいるのか)


 かの有名なヨハン・ベルマンの一人娘。王国にたった三人しかいない『特殊魔法珠生成技能士』である彼の元で英才教育を受けてきたはずのレイに、ユーリは最初から嫉妬していた。


 魔法使いの力が強く、親の意向を受け入れるしかなかった自分。本当は魔法珠生成の勉強がしたかったのに、この体に宿る特殊な事情のせいで『魔法師養成科』に入るしか道がなかった自分。


 それでも無理を言って、どうにか二年生になる少し前からこのマルーン工房の寮への引っ越しを許され、多少なりとも魔法珠の生成に関われるようになっていた。


 それなのにレイは、学校側の不手際だったとは言えあっさりと一年生でこの寮に入り、師匠とも最初から気心が知れた関係だった。それがどれだけ羨ましかったか、彼女にはきっと理解できないだろう。


 本気で嫌がらせをするつもりはなかった。本来新人が担当する予定の雑事を、あたかも俺のせいで仕方なくやることになったと思わせただけだ。


 (でも彼女は文句も言わずやり切った。そして今もまたこうして、当たり前のように工房で手伝いをしている…)


 どんなに疲れていても、実習が大変だったであろう日も、今日のように無理やり先輩にどこかに連れて行かれて誰かに襲われてしまった日でさえ、レイは生き生きと魔法珠生成の仕事に関わろうとする。


 「まあ、少しは優しくしてやってもいいかな。」


 ユーリはふ、と微かな笑みを浮かべると、誰にも気付かれないうちに工房を離れた。




 そしてその夜。喉が渇いて食堂に向かったユーリは、工房から微かな明かりが漏れていることに気付いて立ち止まった。


 ドアの隙間から中を覗き込むと、そこにはレイの姿があった。


 (レイはこんな時間に何をやっているんだ?もう深夜だぞ?)


 不審に思いこっそり様子を窺っていると、彼女は額に汗を浮かべながら何か細かいものを加工していた。


 魔法珠生成にはいくつかの工程が存在する。素材の選定、必要部位の切り出しや加工、そうしてそれらを一つの特殊な炉の中に入れ、そこで初めて魔力を使って魔法珠生成を行うという流れだ。


 どの工程にも厳しい約束事や注意点が存在するため、無数にある素材の扱い方を確実に覚えていかないと、次の工程には進めない。


 (ふーん、選定と加工の練習をしているのか。熱心だな…)


 初めは、ただそれだけだった。やる気も体力も有り余っている一年生として頑張っているんだなと、そう思っていただけだった。


 しかし少し角度を変えて見た時、ユーリはとあるものに気付いて動きを止めた。


 「まさか、あれ全部加工したのか…?」


 先ほどまでレイの体に隠れて見えなかったのだが、位置を変えた瞬間、彼女の横に置かれた大きな箱の中に、大量の加工後の素材が詰め込まれているのが見えた。


 決して難しい加工が必要なものではない。しかしその出来映えの差は、最終的な魔法珠の質の差として表れる。


 (もしかして毎晩ずっとこれを練習していたのか?)


 そしてユーリは再びレイの真剣な横顔を見つめた。


 少し伏せがちな瞼からまつ毛までのライン、高すぎず大きすぎず可愛らしく整った鼻、ほんの少しだけ開いたふっくらとした唇……そして何より、張りのある薄紅色の頬に少しだけ掛かるゆるく巻いた髪が、その集中しきっている綺麗な横顔をさらに美しく、柔らかく縁取っていた。


 「なんて綺麗なんだ…」


 どくん


 心臓が、大きく跳ねる。


 その初めての体験に驚愕したユーリは慌ててドアを閉め、急いで自分の部屋に戻った。


 「しまった、お茶をもらってくるのを忘れた!」


 いつも冷静だねと周りから言われている自分がそんなくだらない失敗をしてしまうほど動揺していたのかと、ユーリはショックを受ける。


 (もう一度行くのか?だがもし彼女に気付かれたら…)


 動揺が収まらず悩むユーリだったが、喉の渇きには抗えず、再び食堂に向かった。すると工房の前を通りかかった瞬間ドアが開き、ちょうどそこから出てきたばかりのレイと出会してしまった。


 「うわっ、ユーリ!?お、おやすみなさい。」


 レイがびっくりしたような表情で軽く頭を下げる。その手には使い込まれた様子の道具類が握られていた。ユーリは心臓の音が大きくなるのを感じながら、それを誤魔化すように口を開いた。


 「うん。…ねえ、それは君の道具?」


 レイは一瞬キョトンとしたものの、すぐに笑みを見せて言った。


 「あ、はい。昔から使っている道具ですね。」

 「へえ。ちなみに道具入れは持ってきてないの?」


 そう尋ねると、彼女は恥ずかしそうに少し下を向いた。


 「前は父から貰った古いものを持っていたんですけど、こっちに来る前に壊れちゃったんです。嬉しくてずっと持ち歩いてたからだと思うんですけど…」

 「ああ、君ならありそうな話だね。」


 (そうじゃない、どうして俺はこんな言い方しかできないんだ?)


 レイの顔がピクピクと引き攣っているのに気付き、ユーリは自分の発言をさらに後悔する。


 「あの、じゃあそろそろ寝ますので。」

 「うん、おやすみ。」


 にっこりと笑って彼女を見送ってから、ユーリは肩を落として壁に手をついた。


 「…はあ。」


 こんなはずではなかった。初めは恵まれている彼女にちょっと嫉妬しただけだった。少し意地悪な態度をして気が済んだら後は当たり障りなく過ごそうと思っていた。なのに…


 (道具を抱えて歩く姿すら可愛いと思うなんて、どうかしてる!)


 突然発生したままならない自分の感情にどうしたものかと頭を抱えながら、ユーリはふらふらと食堂に入っていった。


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