6. レイ・ベルマン、本領発揮
【アベニウス暦六三九年、黄の月、四十四日】
授業初日から時は過ぎ、あっという間に十日が経過した。
レイはすっかり学校にも工房にも慣れ、毎日充実した日々を送っている。
…ユーリのこと以外は。
「レイちゃん、こっち手伝ってくれるかな?」
「はーい、今行きます!」
工房のベテラン職人の一人であるテレンスさんは、奥さんとお子さんを溺愛し過ぎて、毎日必ず夕方の鐘が鳴ると一番に帰宅していく優しい男性だ。
レイはここ数日、彼の助手となって細々とした作業を手伝っている。
「そこにある素材を仕分けして欲しいんだ。いやあ、レイちゃんは素材にかなり詳しいから、安心して任せられるなあ。」
「わあ、嬉しい!でもわからない時はどんどん聞くので、その時は教えてくださいね。」
「当たり前さ!あ、そっちの枝はあの黄色い葉っぱと一緒にしといて。」
「わかりました!」
授業が終わり寮に戻ると、短い時間だけだがこうして工房のお手伝いをする。もちろん自宅にいる時のように魔法珠を生成することはしないが、職人達の動きを見ているだけでも勉強になるし何より楽しい。
「よし、仕分け完了!あ、そろそろ鐘が…」
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
パッと振り向いてテレンスを見ると、彼はすでに道具を全て完璧に片付け、上着に手を伸ばしているところだった。
「帰り支度早っ!?」
「お、レイちゃん、ありがとな!じゃあおじさん帰るわ!」
「あはは。お気をつけて…」
「あいよー!」
レイはテレンスを見送ると、他の職人達の片付けや掃除を手伝ってから部屋に戻った。
「よし、今日も復習、頑張っちゃおうかな。」
ありがたいことに座学の方はまだ基礎的な内容なので、今はそれほど勉強に追われないで済んでいる。その代わり毎日午後に行われる実習に関しては、予想以上に厳しい課題が日々課せられている。だがその分内容は濃く、面白く、この日も早速課題を片付けようとレイはかなり意気込んでいた。
「ヘムの木の枝、トーラの完熟した実、あとは……」
「リンデの泉の水だね。はい。」
「そうそう!リンデの泉の水……はっ!?」
血の気が一気に引いていくのを感じながら、レイは勢いよく後ろを振り返った。
「ユーリ!?どうしてまた私の部屋に!?」
真後ろに立つユーリは、本日も清く優しく微笑んでいる。だが彼がその笑顔を見せる時は要注意だ。そしてその予感はすぐに現実のものとなった。
「アリエラ先生から頼まれたんだよ。ようやく手に入れて今朝配布したばかりの『リンデの水』を学校に置いていってしまった愚かな生徒がいるから、ぜひ本人に渡して欲しいって、ね。」
「あ、そういえば机の上に置きっぱなしだったかも…」
今日の帰り際、ヨカに何かを話しかけられてそのまま一緒に校門を出てしまったことを今になって思い出し、レイはさらに青ざめた。
「へえ。でね、君のその忘れ物のせいで、さっき先生から面倒なことを頼まれちゃったんだよね。」
(まずい!ユーリのこの笑顔、間違いなく氷点下を切っている!このままだと部屋中が…ううん、私の心が完全に凍結してしまう!?)
「あのう、面倒なこと、とは何でございましょうか?」
「ああ、聞いちゃう?でも聞いちゃったら最後、君も関わらなきゃならなくなるけど、いいの?」
いや、ここで彼の話を聞かなければもっと恐ろしい状況になることを、レイは知っている。
ここ数日、彼の遠回しな手伝ってアピールを無視した結果、レイは大量の虫退治をさせられたり暗い地下室の掃除を一人でさせられたり食事中じーっと顔を見られて精神的な圧迫を受けたりと、散々な目に遭ってきたのだ。
「…渋々ですがお聞きします。」
蚊の鳴くような小さな声でレイがそう答えると、彼はにっこりと微笑んで言った。
「そう?じゃあ、はい、これ。」
そうして手渡されたのは、とある組合からの調査依頼書だった。レイは首を傾げた。
「これ、何ですか?」
すると、レイの隣で一緒にその紙を覗き込んでいたユーリが静かに説明を始めた。
「ここ最近、学校が長年契約している魔法珠生成用素材供給組合で素材の紛失、汚染、劣化と言った不備が数多く起きていてね。その組合にはいくつもの商会が登録しているんだけど、どこか特定の商会の素材だけってわけじゃなく、どの商会からのものにもそうした現象が起きているらしいんだ。そのせいで素材の安定供給が難しくなっていて、大口の取引先である学校に相談が来たってことらしいよ。」
「ほ、ほう。」
難しい話なので、レイの頭はすぐには話についていけない。それでもどうやら『学校に入ってくるはずの素材が良くない状態になっている』ことだけは理解できた。
ユーリの目が、本当に理解できているのかこいつはと言わんばかりに細く鋭く光る。
「それでね、君のあり得ない忘れ物をきっかけに捕まってしまった『俺』が、なぜかそこの調査を頼まれてしまったというわけなんだけど……」
「ひいっ!?も、申し訳ない気持ちでいっぱいにござりまして……」
「ははは。だよねえ。でも組合内部に問題があるかもしれないから、できるだけ怪しまれないように『生徒の課外授業』という形で調査をして欲しいらしい。そうすると俺一人で行くのは変だろう?つまり君も一緒に行かないと、ねえ?……ちなみにレイ、君、責任って言葉、知ってるかな?」
(ここで断ったら終わる。何かはわからないけど何かが終わる!!)
「も、もちろん、お、お供させていただきます……」
「そう?良かった!じゃあ明日の朝九時に玄関前集合ということで。あ、もちろん遅刻とか体調不良っていうサボりは一切受け付けないから、そのつもりでね。」
「……」
そう言って風のように去っていったユーリを見送ったレイは、がっくりと肩を落としてドアを閉めた。
「うう、ユーリと二人で出かけるなんて……もう明日は禿げちゃうかもしれない!あ、でも逆に全部入れ替わって、この癖毛がさらふわ髪に生まれ変わるかも?」
そんなふざけたことでも言わないとやってられない!などと嘆きながら、レイはリンデの泉の水を眺めてため息を吐いた。
【アベニウス暦六三九年、黄の月、四十五日】
翌日、レイとユーリは予定通り、王都にある魔法珠生成用素材供給組合へと向かった。
時間を守って集合し、出発時は特にユーリに嫌味も言われなかったレイだが、一つだけ気になることがあった。この日彼はなぜか大きな黒い帽子を目深に被り、丸い眼鏡まで掛けていたのだ。
「あの、どうして今日はそんな格好をしてるんですか?」
歩きながら恐る恐る聞いてみると、彼は前を向いたまま「目立ちたくないので」とだけ言って黙り込んでしまう。
(うーん、よくわからない人だな。まあ、変に話を振られても面倒だし、いいか!)
そうしてレイもまた現地に到着するまでは、彼に一言も話しかけることはなかった。
素材供給組合の本部は、王都の中でも比較的静かな区域にあった。元々王都は魔法珠で走る車の数が他の町よりも明らかに多いのだが、この辺りでは荷運びができる大きな車は何台か見かけたものの、中心部ほどの交通量はなさそうだった。
「ここですね。」
「へえ、倉庫が凄く大きい!」
「……入りましょう。」
「あ、はい。」
相変わらず感じが悪いと思いつつも、出しかけた舌は急いでしまい込む。
その後敷地内に案内された二人は、まず受付、次に事務所、そして最後に倉庫へと進み、全ての場所でどのような業務が行われているのかを教わりながら、学生の課外授業らしくせっせとメモを取っていった。
だがその倉庫内のある場所で、レイはふと何かの違和感を覚えて立ち止まった。この時案内人は倉庫の素材管理方法について説明してくれていたのだが、レイの頭にその内容は全く入ってこなかった。
一方のユーリは頷きながら彼の話にしっかり聞き入っている様子。そこでレイは、話を聞く担当を勝手にユーリに任せ、こっそりと周囲を確認し始めた。
広々として天井も高い倉庫の中。温度管理は大きな魔法珠が活躍しているらしく、確かに適温に保たれているようだ。しかし気になるのはその匂い。素材の匂いではない。それとは全く別の…
「レイ、何をしてるんですか?」
「あ、すぐに行きます!」
気付いた時にはユーリ達はだいぶ先に進んでいたようで、慌てて二人を追いかける。そしてあと数歩で彼らの横に並べるというところで目の端に違和感の正体と思われるものが映りこみ、レイは思わず叫び声を上げた。
「あっ!」
前にいた二人はその声に驚き、振り返る。
高さのある棚の真ん中辺り、少し奥の方に、気付かれないように物陰に隠して奇妙な形の魔法珠が置かれていた。
「これは…駄目なヤツだわ。」
丸みを帯びてはいるが全体的に歪な形。暗い茶色と赤が混ざったような独特の色合い。そして何より、この魔法珠からは異様な匂いが漂っていた。
「レイ、どうしました?」
「違法魔法珠、異常体ですね。…ちょっと待っててください。隔離しますから。」
「はい?」
ユーリの表情が強張る。そしてつかつかとレイに近付いてきた彼は、バッグに突っ込んでいたレイの手を無理やり引っ張り出した。
「何をしている?」
その突然の行動に少し驚いたレイだったが、至って冷静に答えた。
「何って、だから異常体の隔離です。学生であっても資格があればできますから。」
「君、『魔法珠管理士』の資格を持ってるの?」
「はい。」
「……」
ユーリが黙ったのでレイは許可されたと判断し、解放された手を再びバッグに突っ込んで目的のものを探し始めた。ところがこの時、例の案内人の男性の様子は明らかにおかしくなっていた。
「変ね、あの人、どうしてあんなにうろうろしてるのかしら?…ああ、あったあった!」
だがそう言ってレイが取り出した魔法珠は、残念ながら目的の物とは違っていたらしい。
「うわああっ!やめろおおおっ!!」」
「へっ!?」
「レイ!!」
すると突然案内人の男は発狂し、魔法珠を手にしたレイに襲いかかった。ユーリは慌ててバッグから杖を取り出したが、それよりも一歩早くレイが握っていた魔法珠が男の胸に当たり、パン、と弾けた。
「うごおおっ!?」
「あ、あれ?蛇の方だった?」
「な……何だこれは!?」
断末魔を上げる男を尻目にレイは首を傾げ、ユーリは呆然とレイを見つめる。どうやら今取り出したのは、異常な性質を持つ魔法珠を隔離するための魔法珠ではなく、成人の祝いの日に大活躍したあの大蛇の出る魔法珠だったらしい。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?今外しますから!」
「レイ、外さなくていい。」
「え?でも…」
「多分この男が、あの違法魔法珠を置いた犯人だろう。君を襲ったことから考えても、間違いない。」
「……な、なるほど。」
(そっか、私、またやっちゃったのか…)
何かをやろうとすると自分の意図しない形で別の事案を片付けてしまうという厄介な自分の性質を思い出したレイは、相変わらず本物っぽい大蛇のぬいぐるみを眺めながら、またもや騒動を引き起こしてしまったことを深く反省するのだった。




