2. 成人のお祝いに魔法珠を
【アベニウス暦六三九年、黄の月、十二日】
「ふんふふんふふーん!」
レイが意味のわからない鼻歌を歌いながらご機嫌で田舎道を歩いていると、少し前方に数人の女の子達が固まって歩いているのが見えた。
小さな村あるあるで、当然ながら全員顔見知りだ。村に学校は一つしかなく、何年も一緒に勉強してきた子達ばかりだからだ。
だがレイは学校で『ちょっと変わった子』扱いを受けてきたため、いじめられてはいなかったものの、おませな彼女達の輪には全く入れなかった。いや、特に入りたいとも思っていなかった。
「見つかると面倒だし、ゆっくり行こう。」
肩をすくめてそう呟くと、レイはペースを緩めて歩き始めた。
この辺りの道はどこも舗装などされていない。魔法珠を使った街灯も中心部以外には設置されていないので、夜になれば村の大半の場所は真っ暗になってしまう。
(私が修行して魔法珠を作れるようになったら、お父さんと一緒にこの村をもっと明るくて豊かな村にしていかなきゃ!)
魔法珠は今やこの世界には欠かせない道具の一つとなっている。大昔は魔法使いだけが使えた便利なその力を、ガラス玉のような状態にして閉じ込めたもの、それが魔法珠だ。
実際には魔法を閉じこめた後の仕上がりがガラス玉のように見えるだけで、ガラスを素材として使っているわけではない。自然の中にある力を魔法として引き出し、様々な道具を使って生活に役立つ形に仕上げるその技術は相当高度なもので、専門学校に通ったとしても、国家資格を取得し職人として独り立ちできる人はごく僅かだという。
「そうだ、最初の仕事は街灯作りにしよう!足元がガタガタしているから暗いと危ないものね!」
そう独り言を言って再び鼻歌を歌いながら歩いていくと、一分もしない内に突然後ろから肩を掴まれ、レイは「ヒョワアッ!?」という素っ頓狂な叫び声をあげた。
「ぷはっ!何だよそれ?相変わらず面白い奴だな!」
「ニール!?あー、びっくりした!もう、突然淑女の肩を掴むのは良くないぞ!」
「はあ?淑女なんてどこにいるんだ?こんな田舎町にそんなお淑やかな女性はいねえよ。」
そう言って彼はレイの肩に腕を乗せたまま、嫌味っぽく辺りを見渡す。
「相変わらず失礼な男ね!とにかくその腕をどけて!」
顔を顰めたレイが腕を振り払うと、「おーこわ!」と言ってニールは少し距離を取る。
「なあ、それよりそのドレスどうしたんだ?ケイシーさんの店にはちょっと置いてなさそうな感じに見えるけど。」
ニールは服飾の勉強をしているため、この辺であまり見かけないような服を着ていると目敏く見つけて声をかけてくる。レイは口を窄めて「そう?」と誤魔化したが、彼はしつこかった。
「もしかして自分で作ったのか?なあ、教えてくれよ!」
「煩いなあ、別に何だっていいじゃない!とにかく今日はあまり目立ちたくないのよ。あんたがいると嫌でも目立つんだから、今日は離れていてよね!」
「はあ?何だよそれ!?」
ニールはあまり自覚していないようだが、お洒落な彼は元々の見た目もいいので、学校では常に女の子達の人気者だった。だが彼は卒業後に王都に出て服飾の勉強をしたいからと、これまで全ての告白を断ってきたらしい。
(そんな奴が私に度々絡んでくるから、ニール目当ての女の子達に色々されて迷惑してたって言うのに…)
レイは意図がうまく伝わらない苛々をニールを睨むことで解消する。せっかくのお祝いの日なのに、この男に関わってまた同級生達に嫌がらせされたりするのだけは御免だ。
「いい?今日はこれ以降絶対に近寄らないで。私はこの村での最後の思い出を、あんたのせいで最悪なものにしたくないのよ!」
「だから何でそうなるんだよ?別に一緒にいたって…」
「まあ!ニールじゃない!…あら、レイもいたの。」
「はあ。」
「なんだ、セーラか。」
レイは一番見られたくなかった人物にこの状況を見られてしまい、さっきまであれほど楽しみだった気持ちが半減していくのを感じていた。
(きっとこの後また面倒なことになるわね…)
セーラと呼ばれた金髪サラサラヘアの美少女は当たり前のようにレイに背を向けると、大抵の男の子達なら陥落してしまうであろう愛らしい笑顔をニールに向けて、彼のがっしりとした腕に絡みついて言った。
「ねえニールぅ、こんな失礼なことを言う人なんて放っておいて一緒に行きましょう?ねえ?」
毒のある虫でも見るかのような彼の表情が目に入ったが、レイはこれ幸いと、「じゃっそういうことで!」とだけ言ってその場を急いで離れた。
「あー、よかった。セーラのお陰でニールから逃げられたわ……お、見えてきた見えてきた!あらあら、今年の飾り付けはなかなか素敵じゃない!」
しばらく歩いて辿り着いたのは、毎年成人のお祝い会を行っている村の集会場だった。
例年は地味な花を飾る程度の飾り付けしかなく興醒めしていたレイだったが、今年は氷漬けにしてしまったあのゴウおじさんの姪っ子が「気合いを入れて準備する!」と張り切っていたこともあり、会場は思った以上に華やかな雰囲気となっていた。
「いいじゃない!リボンとか花とか可愛いし、いつもより明るくていい!」
楽しい気分を取り戻したレイがキョロキョロと辺りを見渡しながら集会場の中に入ると、そこにはすでにたくさんの村人達がひしめき合っていた。
「レイ!こっちこっち!」
「サナ!お待たせ!」
サナは学校に入る前からの幼馴染で親友だ。いつもは黒髪を引っ詰めにして眼鏡を掛けている彼女が、今日はふわっと髪を結い上げて眼鏡も外している。
「今日の髪型、素敵ね!私なんていつもとあまり変わらないわ…」
レイは自分の柔らかな癖毛をどうにもできず、結局いつもと同じように大まかに束ねて後ろに流している。
「あら、レイだってそのドレス、とても素敵よ?」
「ありがとう!あ、見て、ヘスカ先生がいらしてるわ!」
「うわあ…セーラったら、振られたのにまだニールにべったりなのね…」
どうもそれぞれ目に入るものが違っていたらしい。二人は顔を見合わせて思わず笑ってしまう。
「あはは!私達、相変わらずね!さあ、そろそろ乾杯するみたいだよ。」
「うん。飲み物貰ってこよう!」
二人でたわいもない話をしながら飲み物を取りに奥の方へと移動すると、レイはふと見覚えの無い人物が紛れ込んでいることに気が付いた。その人物はぎりぎり二十代に見える男性で、こんなお祝いの場にも関わらず何やら暗い顔をして周囲の様子を窺っている。
「ねえ、あの男性って誰かしら?」
サナの肩を軽く叩いてそう尋ねてみたが、どうやら彼女も知らない人らしく、「さあ?」と言って首を傾げる。
「誰かの親戚とかじゃない?ねえ、それよりあっちに行こうよ!」
「あ、うん。」
サナの言う通り、遠くから来た誰かの親戚なのかもしれない。だが幼い頃からなぜか勘が働くレイには、どうしてもそうは思えなかった。
(何だか変な人ね。まあいざとなれば周りに人もいるし、どうにかなるか!)
勘は働くが楽天的なレイは、それ以降すっかりその男性のことは忘れて楽しく過ごした。
村長からの長い長いお祝いの挨拶と乾杯が終わると、会場内は一気に騒がしくなった。成人を迎えた若者達は大抵の場合家業を継いで働くか、近くの町に出て新たな仕事を探す。だがレイやニールのように、王都に出てさらに上の学校に進む者も何人かはいる。
この日はそんな彼らとのお別れ会も兼ねていたため、お祝い会も中盤に近付くと、レイは離れ離れになる同級生らとお互いへの応援と別れの挨拶を交わしながら和やかな時間を過ごした。
だが会場にヨハンとアニスが到着した瞬間、状況は一変する。
「出たな!アマルティ(悪い魔女)め!」
あの不審な動きをしていた男性が、突如としてナイフを振り翳し、母アニスに襲いかかったのだ。
レイは咄嗟に手にしていた小さなバッグに手を突っ込み、母に駆け寄る。そして取り出した魔法珠を勢いよく男に叩きつけた。
「レイ!?」
「何を…」
「きゃあっ!?」
「うわあっ!!蛇!?」
その瞬間、男は巨大な蛇のぬいぐるみに羽交締めにされて床に転がり、本物の大蛇が現れたと思った人々は絶叫しながら逃げ惑い始めた。
「やった!…って、あれ?みんなどうして逃げるの?不審者を捕まえたのに……」
レイが不思議そうにそう言うと、アニスが頭を抱えてレイに言った。
「このバカ娘!こんな場所に大蛇のぬいぐるみなんか出したらこうなるに決まってるでしょ!それに何でこんなに本物っぽく作ったのよ!?もっと可愛くするとかできなかったの!?」
「…母さん、怒る所を間違えてないかい?」
「うーん、そうかあ。ちょっと本物感を追求しすぎたかなあ?」
「レイ、お前ももう少し反省しなさい。」
今度は父がげっそりしながらため息を吐く。レイが冷静に辺りを見渡した時には、すでに半数以上の若者達が会場を飛び出した後だった。
「あははは!レイ、お前相変わらず面白いな!」
「ニール……だってあの人お母さんをナイフで襲ったんだよ!?そりゃあ蛇でぐるぐる巻きにでもしないとやってられないわよ!」
「そうかそうか、まあお前ならそうだよな!あれ?おい、男の下に何かあるぞ?」
そう言ってニールが恐る恐る男の下を調べてみると、そこには細く小さめだが、この辺りではかなり危険だと恐れられている毒蛇が、完璧に潰され天に召された状態で横たわっていた。
「ほんと、相変わらずだな。」
ニールが呆れ顔でそう呟く。
「うんうん。暴走ついでに人助けしちゃうのって、もうレイの定番よね。」
そこに駆けつけたサナもニールに同意する。
「いや、定番というより、もうこれは病気だな。」
「え、酷くない?」
「レイ、いい加減この大蛇をどうにかしなさい!」
「あ、うん。」
母に怒られてしまったレイは近くに置いてあったフォークを掴み、躊躇なく大蛇のぬいぐるみの腹にグサっとそれを突き刺した。
「ひいっ!?」
「うわあ、蛇が萎んでく……」
ニールとサナの心底嫌そうな顔を一瞥すると、レイは萎み切って皮だけになった大蛇もどきをクルクルと丸めて回収し、気絶している男からナイフを奪い取った。
「村長さん、この男、犯罪者です。」
「あ、ああ。そうだな。」
呆然としながら事の成り行きを見守っていた村長は、レイの言葉で我に返ったのか、テキパキと部下達に指示を出し始めた。
「はあ。やっぱりお前といると面白いわ。なあレイ、王都に行ったら俺達、付き合わない?」
「…は?」
あまりに唐突なニールからの告白にレイが目を白黒させていると、それを見ていたサナがきゃあ!と可愛い悲鳴をあげた。
「何それ素敵!レイ、どうするの!?付き合っちゃうの!?」
期待を込めまくったサナの瞳をじっと見つめたレイは、冷静にそれに答えた。
「いや、ないから。付き合っちゃわないから。」
そしてニールの方を向いて言った。
「ニールも冗談はやめて。サナが本気にするでしょ?これ以上私を揶揄うなら蛇入り魔法珠、あんたにも投げつけるわよ?」
「あんなヤバいもの、二つも作ったのか?そしてなぜ二つもこんな場所に持ってきた!?」
「え…力作だったから?」
「理由になってない!!」
「……」
だってお気に入りのものは持ち歩きたいじゃない、などと心の中で愚痴りながらも、せっかくのお祝いの席を台無しにしてしまったことを、レイはこの時ようやく反省したのだった。




