11. 人間関係って大変!?
【アベニウス暦六三九年、緑の月、二日】
「うーん、この素材の組み合わせだとユーリの魔力と相性が悪いんだよねえ…似た素材、似た素材……」
現在倉庫の中で素材と格闘中のレイは、朝からコンテストに出す魔法珠のことで頭を悩ませていた。
前日の夜遅くまで調整していた魔法珠は、ユーリの魔法、というより彼の持つ魔力の質と素材とが合わなかったようで、思ったような効果が出なかったのだ。
「レイ、ちょっといいか?」
「あ、師匠!おはようございます!」
「うん、おはよう。だいぶ行き詰まっているみたいだな。」
「あはは、そうですね。でもまだ二日目ですから、諦めず頑張ってます!」
コニーはうんうんと頷きながら、持っていた箱を倉庫の奥に片付けた。そしてレイのところまで戻ってくると、身につけているエプロンのポケットから小さな冊子を取り出して言った。
「そうそう、今日はこれを君にあげようと思って部屋から引っ張り出してきたんだ。これ、俺が若い頃君のお父さんから貰ったものだよ。」
「え!?父から、ですか?」
レイはその冊子を受け取るとパラパラと中身をめくってみる。するとそこにはたくさんの素材の絵と共に、いくつものメモ書きがされていた。
「これ…確かに父の字ですね。」
「うん。これを貰った時、俺は重要な国家試験を二十日後に控えていた。」
レイは顔を上げた。
「それって、『特殊魔法珠生成技能士』ですか?」
コニーはうんうんと二回頷く。
「その資格を今この王国内で持っているのは君のお父さんと俺と、あと一人、お父さんの先輩の女性だけなんだ。俺はギリギリ合格って感じだったけど、お父さんとその女性は余裕で合格したって聞いてるよ。」
「へえ!そうだったんですね!」
レイが持っている冊子を指差しながら、コニーは続けた。
「あの資格は、限られた素材の組み合わせの中でどう自分の魔力と擦り合わせて新しい魔法珠を生成できるか、それを元に合否を判定される。だからその素材の特徴や魔力の質との相性なんかもそこに書いてあるんだよ。」
「……」
それを聞いたレイは、パタン、と冊子を閉じた。
「ん、どうした?」
コニーの顔が不思議そうにレイを見つめる。
「あの、師匠、これはお返しします。」
「え?」
「今の私は普通の『魔法珠生成技能士』の資格すら持たない学生です。これを開いていい時期じゃないと思うので。」
「……そうか。」
そう静かに呟き、コニーはじっとレイの手にある冊子を見つめる。
「はい。お気持ちは本当に嬉しかったです!でも私、まだ自分で頑張ってみますから。」
そう言って年季の入ったその青い表紙の冊子をコニーに返すと、レイはにっこり笑って言った。
「コニーおじさんはいつもそうやって私を甘やかしてくれましたもんね。懐かしいです。でも私成人しましたから、もうそれは卒業です!」
「そうだな。レイ、じゃあ一つだけ忠告だ。魔力の質との相性が悪いと思った時はむしろチャンスかもしれない。何事も相性がいいばかりが良いこととは限らないんだ。相性が悪いと思っていたものから驚くべき発見や新機能が生まれることもある。だから色々と試してみなさい。素材はいくら使ってもいい。俺も、ベルマン師匠にはそうしてもらったからね。」
コニーのその言葉は、レイの頭の中に小さなヒントの光を灯した。
「なるほど……師匠、私、やってみます!」
「おう!頑張れ!」
力強い応援の声に後押しされて、レイは再び倉庫の中の素材と格闘し始めた。
「……で、この量ってわけか。」
呆れ顔で素材の箱の前に立ち腕を組んでいるユーリに、レイは鼻息も荒くうんうんと頷いた。
「そうです!せっかくの機会ですから、試してみたいことがあるんです。」
「へえ、何を試したいの?」
レイは素材の一つを手に取ると、ユーリの前に突き出して言った。
「これ、握ってみてください。」
「ええと、俺だけが持つんじゃなく、君も持ったままってこと?」
「はい!」
ユーリはなぜか唇を少し震わせていたが、覚悟を決めたかのように勢いよくその素材を掴んだ。さほど大きいものではないので、手が僅かに触れる。
「で?この後…」
「あー、なるほど!じゃあ、次行きましょう!」
「は?いやいやちょっと待って。説明してからにしてくれないかな?」
ユーリの表情が強張る。レイは勢いよく顔を上げて言った。
「ユーリの魔力は独特なんです。素材との相性が極端に良かったり悪かったりするので、それをみています。」
レイはそれだけ言うと再び箱の中に手を突っ込んだ。だが今の説明で納得のいかない様子のユーリは、不機嫌そうにレイの頬を引っ張る。
「いははは!?」
「どうやって、何をどう観測してるの?説明が足りない。はい、やり直し。」
「ああっ、もう!痛いじゃないですか!」
「君のはよく伸びるから面白いんだよ。」
「知ってますけどやめてください!」
「いいから早く説明して。」
レイは仕方なく箱の中から手を戻すと、突然ユーリの手を取った。
「な、何してる?」
「ほら、感じません?」
「だから何を?」
「魔力の色や音です。熱量の時もありますけど、ユーリのは…ちょっと赤くて、時々大きなうねりを感じるような魔力ですね。」
「……何それ。」
ユーリの頬がほんのり赤みを帯びている。魔力を流しているからか、体が火照っているのだろう。レイは手を離した。
「私の方は意外と単調なんです。父はよく『ずっと小川の音が聞こえている感じ』って言ってました。これをさらに素材に通していくと、魔力の質が変わるんです。それで今は一番反発が大きいものを探してました。」
自分の手をじっと見つめていたユーリが、徐に顔を上げた。
「一番反発が大きいもの?それって相性が悪いってことだよね?」
「そうです。でも今回はあえて、それを使おうと思っています。」
「なぜ?どうしてわざわざそんな面倒なことをするんだ?」
ユーリの表情が曇っていく。
「せっかくの機会なんですよ?これを逃したら次はこんなことできないかもしれない。だったら新しいものに挑戦したいじゃないですか!」
「はあ……あのさ、俺はそんなことを君に望んでなかったんだけど。それに、相談もなく勝手に方針を決められていたのも納得がいかない。」
レイはそこでハッとして口を噤んだ。
「悪いけど、一旦作業は中断しよう。俺も君も、少し頭を冷やした方がいいと思うから。」
そう言って彼は振り向きもせず、工房を出て行ってしまった。
「そう、そうだよね。私、何してたんだろう。」
これまでずっと父の元で一人で好きなように魔法珠を生成してきたレイにとって、誰かとの本格的な共同作業はこれが初めてだった。
(これから先、どんな仕事をするとしても、誰かと協力し合っていくことは絶対に必要になる。私はもう以前の私のままじゃきっと駄目なんだ。次の段階に進む時が来てるんだな…)
数分落ち込んでしまったレイだったが、そうして自分と向き合うことで徐々に気持ちを立て直していく。
そして大量の素材の箱に目をやると、レイは一旦それを全部倉庫に片付けてからユーリの部屋へと向かった。
「ユーリ、いますか?」
ノックとほぼ同時に、中にいると思われるユーリに声をかける。すると少ししてからゆっくりとドアが開いた。
「入って。」
「…はい。」
家族以外の男性の部屋に入るのが初めてのレイは、戸惑いながらユーリの部屋に足を踏み入れる。
「あ、あれって!」
そして最初に目に入ったのは、レイがお礼にとプレゼントしたあの『道具手入れセット』だった。机の上のど真ん中、勉強したり作業したりする時に間違いなく邪魔になるであろう場所に、それは綺麗に並べて置かれていた。
「え?……ああ、ちょうど使おうと思って開けてたんだ。それより、何か話があるのでは?」
焦っている風ではあったがユーリの顔色に変化はない。どうやらもう怒ってはいないようだ。
「ええっと、さっきはごめんなさい。二人で協力して進めなくちゃいけないことなのに、勝手に先走って行動してしまって…その、反省してます!!」
「……」
勢いよく頭を下げてそう謝罪すると、ユーリはしばらく黙ってからレイの肩に手を置いて言った。
「いや、俺こそごめん。無理やり君を巻き込んだのに、それについて謝ってもいなかったし礼も言っていなかった。君は一生懸命頑張ってくれてるよ。だから、その、ありがとう。」
「へっ!?」
(あのユーリが「ありがとう」をこんなにきちんと言うなんて…)
素っ頓狂な声を上げて彼の顔を見ると、ユーリはちょっと照れ臭そうに横を向いていた。
「まあ、そういうことだから。これからはお互い、やりたいことは相談し合って決めよう。」
「は、はい!」
なぜかこっちまで気恥ずかしくなるなあ、などと思いながら、照れた彼の顔を見てレイは微笑んだ。
【アベニウス暦六三九年、緑の月、三日】
試験休み最終日、仲直りをしたかと思った二人だったが、やはりこの日も揉めに揉めていた。
「レイ、だから言っただろう?その素材は相性が悪いって。」
「でも!だからこそ挑戦してみる価値があるんですってば!ユーリこそ優勝したいって言う割には随分逃げ腰なんじゃないですかあ!?」
「ほう…先輩に向かって生意気なことを言うのはこの口かな?」
「あいははははっ!?いはいへふっへはー!!」
どうもユーリはレイのびよーんと伸びる頬が気に入ったらしく、ことあるごとに伸ばすようになっていた。レイは無理やり自分の頬を奪い返すと、ユーリを睨む。
「もう!ほっぺたが伸びきっちゃったらどうしてくれるんですか!?若いうちから垂れちゃったらおばあちゃんになったらダラダラですよ!?責任取れます!?」
「……え?」
「えっ、て、え!?」
「……いや、何でもない。じゃあ、もう一回それでやってみよう。」
「あ、はい…?」
突然雰囲気が変わったユーリに驚きつつも、やってみたいことを受け入れてもらった喜びの方が勝ち、レイは彼の変化を無視して別の方法を考え始めた。
(どうしたってあの素材を使えば反発は避けられない。でもあとちょっとなんだよね。何か別の素材を組み合わせれば……あ、そうだ!)
「ユーリ、ピゴの茎を使うのはどうですか?」
「ピゴの茎か。硬さと密着度を高める時に使う素材だね。相性は悪くないが、君が使いたいトードの葉とはあまり組み合わせることはないよね?」
「まあ、そうなんですけど…」
昨日の反省を踏まえて、レイも一旦は引き下がって考え直す。
しかし作業台に腕を置いて考えていたユーリが、不意にその台を手で叩いて立ち上がった。
バンっ
「いや、試しにやってみるか。失敗しても爆発はしないだろう。その代わり、これで駄目だったら別の素材で進める。いいかい?」
「はい!」
そうしてレイは倉庫から急いでピゴの茎を持ってくると、イメージした通りの形に加工を始めた。
慎重に、丁寧に、焦らないで……
この工程でどれだけ傷を付けずに加工できるかで生成したものの仕上がりが変わってくる。毎晩の練習の成果をここで発揮しなければ、とレイは意気込んだ。
そして二十分後。
「できた!!」
「よし、じゃあ生成炉に入れてみよう。」
「ああ、緊張する!」
「…失敗してもいい。」
「ユーリ…」
そんな優しい言葉をかけてもらえるとは思っていなかったレイは、目を丸くして横にいるユーリの顔を見つめた。すると彼はレイににっこりと微笑みかけながら言った。
「成功したら俺のお陰、失敗したらレイの予想が外れたってことでいいんだし、ね?」
微笑みの向こうから飛び出した驚きの言葉に、レイは頬を膨らませて抗議する。
「ね?じゃなくて!それじゃ結局私のせいになるじゃないですか!?ユーリ酷い!!」
「ははは。冗談だよ。」
「全然冗談に聞こえないんデスケド!?」
そんなくだらないやり取りの後、ようやくユーリが生成炉の扉を閉じた。そして彼は持ってきていた杖を取り出し、生成炉の側面に付いている魔法珠に杖の魔法珠を当てて目を閉じた。
「さあ、魔力を流すよ。」
「はい、お願いします!」
そして数分後、息を呑む二人の前で、生成炉の窓から驚くほど眩しい光が工房中に弾け飛んでいった。




