1. 騒動はお手のもの?
【アベニウス暦六三九年、黄の月、十日】
ここオリアン村は、アベニウス王国の北の外れにある超がつくほどのど田舎だ。農業地域と草原がどこまでも続き、牛や馬達がゆるゆるとそこを闊歩するような、長閑なだけが誇れることと言っても過言ではないくらいの、静かで何もない村だ。
そんな村で生まれ育ったレイ・ベルマンは、この春ようやく十八歳、つまり成人を迎え、明後日は村の新成人達のお祝い会が開かれる予定となっている。
「ねえお母さん、やっぱりケイシーさんの店のドレスは嫌よ!だってこの村で成人を迎えた子達はみんなあそこで買うって言ってるのよ?ということはせっかくのお祝いのドレスが、誰かと被っちゃうってことでしょ!?」
夕食後のひと時、顔を大きく膨らませてレイがそう言うと、母アニスは塩辛いものでも口にしたかのような渋い顔をしてそれに答えた。
「文句を言わないの!あなたがケイシーさんに裁縫を習わなかったからこうなっているんでしょ?習っていたら今頃、好きなように作ったドレスを着られたかもしれないじゃない!」
「母さんだって裁縫は苦手…」
「なっ…!?」
腰に両手を当てて得意げにしていた母に、父ヨハンがボソッとつっこむ。
「ほら!お母さんだって私のこと言えないじゃない!それに私はお父さんの技術を学ぶことに全力を傾けてきたの!あと美味しいものを作って食べることにね!だから裁縫はできなくても仕方ないの!」
「全くこの子は口の減らない…」
「だってお母さん似だもーん。」
「プッ」
ヨハンは無口で物静かなタイプだが、実は結構な笑い上戸だ。笑いのツボに嵌るとどうにも止まらないようで、時々一人で部屋に篭って笑っていることがある。
アニスははあ、と大きなため息を吐くと、「とにかく!」と人差し指を立てて言った。
「今回はもう注文しちゃったんだから諦めなさい。大事なお祝いのドレスだもの、ケイシーさんだって気を遣ってくださるわよ。」
「そうかなあ。じゃあ、被った時のために何か準備しておくかあ。」
レイのその言葉に二人がビクッと肩を揺らす。
「よ、余計なことはしない方がいいと思うわ。」
「そ、そうだな」
「ちょっと、二人して私が何かしでかすとでも?」
「しでかすでしょ?」
「なあ?」
「……」
(まあ心当たりがないわけではない。確かに幼い頃から、思い立ったら何でもやってしまう方ではあったけど…)
熊に襲われそうになっていた友達を助けるためにまだ未完成だった爆発系の魔法珠を投げつけ、長年村人達に邪魔にされてきた巨大な石を熊ごと破壊してみたり、川に落ちた近所のおじさんを助け出すためにその川に氷の魔法珠を投げ入れ、おじさんと川魚を氷漬けにしたまま大量に捕獲してみたり……
「まあ今思えば、若さゆえの懐かしい思い出よね。」
「何言ってるの!ゴウおじさんを凍らせたのは二ヶ月前のことでしょ!」
「だなあ」
「……」
(何よ、結局みんなに喜ばれたんだからいいじゃない…)
叱られたことに納得がいかずもう一度頬を膨らませていると、ヨハンはレイに目配せをしてからリビングを離れていく。これはきっとついてこい、ということだろう。
アニスがやれやれと言いながらキッチンに戻っていくのを見届けると、レイはそっと父の後を追った。
「お父さん、入ってもいい?」
「入りなさい。」
小さな声でのやり取りを終え、離れにある父の工房に入ると、今日もいつものように全ての道具があるべき場所にきちんと収まり、埃一つ落ちていない最高の空間が広がっていた。
(いいなあ、いつか私も自分だけのこんな素敵な工房を持ちたいなあ)
「そこに座りなさい。」
「うん。」
レイがいつも勧めてくれる木の椅子に腰を下ろすと、ヨハンはよく磨かれた作業台に向かい、上から三段目の鍵が掛かった引き出しを開けた。そしてその中から手のひらにちょうど収まる大きさの魔法珠を取り出すと、「ほら」と言いながらそれを差し出した。
レイはその完成度の高さと色に目を丸くする。
「お父さん、これ、虹色のヤツじゃない!?こんな凄いの貰っていいの!?」
「うん。母さんはああ言ったけど、お前のドレス、きっとティナちゃんのと同じになるだろうからな。」
「ああ、やっぱり…」
父は寡黙ではあるが知り合いは多く、その繋がりも意外と深い。どこで手に入れた情報かはわからないが、おそらくそれはほぼ間違いないのだろう。
「明後日、それを買ったドレスの上に優しく当ててみなさい。その『変身』の魔法珠を使えば、お前の思い描く通りのドレスに変わる。ただし一回しか使えないからね。準備して大事に使いなさい。」
「お父さん、ありがとう!!最高のお祝いだわ!!」
「……母さんはああ言ってたが、実はお前のために別のドレスも探していたらしい。でも間に合わないと言われたようで、先週だいぶ落ち込んでいたんだ。まあ大丈夫。後で母さんには私から話しておくから。」
「うん!」
父ヨハンは母アニスを溺愛している。そして母もまた、父にべた惚れだ。
大人しくて優しい父は、見た目は地味だが一本芯の通った素敵な男性だ。実際母によると、王都の魔法学専門学校に通っていた頃は密かにモテていたらしい。
一方母は派手な顔立ちの美人で、若い頃はどちらかと言えば我儘で奔放な性格だったようだが、父と出会って恋に落ち、改心してプロポーズまでした、という猛者だ。
「うん、ありがとう。じゃあもう遅いから今日は寝るね。」
「ああ」
大好きな父の魔法珠工房を出ると、レイは自分のこじんまりとした可愛らしい部屋に戻った。
部屋に入るとすぐに机の上にある大きな宝石箱を開き、今貰ったばかりの虹色の魔法珠を入れる。その中には他にも五つほど小さな魔法珠が入っているが、どれも青や緑などの寒色系のものばかりだ。今回貰った魔法珠は他と比べて色もかなり珍しいが、透明度が特に素晴らしい。
「綺麗だなあ。いつか私も、こんな素敵な魔法珠が作れるようになるのかなあ?」
小さなため息は、虹色に光る魔法珠の前でふっと消えていく。
満足するまで魔法珠を眺めた後、ゆっくりと宝石箱を閉じる。そしていつものように小さな窓から見える星空に別れを告げるとカーテンを閉め、魔法珠でできたランプの光を消して、レイは心地良いベッドの中にもぞもぞと潜り込んでいくのだった。
【アベニウス暦六三九年、黄の月、十二日】
「レイー、そろそろ行くわよ!」
「はあい!」
アニスに呼ばれて急いで部屋を出ると、ヨハンが目尻を下げてレイが来るのを待っていた。
「うん、素敵だ。」
「あら、本当に素敵ね!何だか私の成人の日のことを思い出すわ……」
アニスは目の色を銀色に変え、うっとりと何かを思い出しているようだ。魔法使いだけが持つというその不思議な色を見つめながら、レイは出かける前に小腹を満たそうとテーブルの上に置かれているリンゴを手に取り、それに齧り付いた。
村人達には隠しているが、彼女は生粋の魔法使いだ。母方の家系には最高レベルの魔法使いが何人もいるらしく、彼らと共に優秀な母の名もまた、王国の魔法管理局にしっかりと登録されている。
本当に強い魔力を持つ魔法使いは千人に一人いるかいないかと言われるほど貴重な存在だが、その分周りからもてはやされたり優遇されたりすることが多いため、我儘放題な人や横柄な人がとても多いらしい。その一方で、魔法使いだと知られると図々しい人達にその便利な力を集られたり利用されたりするという弊害もある。
母も御多分に洩れず若い頃はかなり傍若無人に振る舞っていたようだが、父との出会いを通して別人のように穏やかで優しい人になったらしい。だから村では面倒ごとを避けるために、魔法使いであることを隠し、のんびりと暮らしているのだ。
「レイ、母さんはああなったらしばらくは戻らないから、先に行ってなさい。」
ヨハンは苦笑しながらそう言うと、レイのためにドアを開けた。
「わかったわ。じゃあ後で必ず来てね!」
「ああ。」
こうしてレイは新しい自分だけのドレスを身に纏い、爽やかな春の風が吹き抜ける田舎道を、ウキウキしながら歩いていった。




