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魂なき英雄伝説2話

地下へと続く道は、冷たい息をしているようだった。

湿った空気が肌にまとわりつき、遠くからぽたりぽたりと水音が響く。

壁には青白い苔がびっしり生え、かすかに光を放っている。

その光は炎にも月明かりにも似て、見る角度で色が揺れる不思議な輝きだった。


リアはその景色に目を奪われ、小さな手を伸ばした。

「わぁ……キラキラしてる!」


「触るな」

僕の声は鋭く出た。


リアは手を止め、びくりとする。

「ど、どうして? きれいだよ?」


僕は一歩前に出て、苔を見つめた。

青白い光の奥で、微かに脈動が揺れている。心臓のようにゆっくり鼓動していた。


「……これ、生きてる。苔じゃない」

そう呟くと、落ちていた小石を拾って壁へ投げる。

石が触れた瞬間、青い光が鋭く強まり、じゅっと煙を上げて石を溶かした。


リアは息を飲んだ。

「……っ!」


「ここにいるだけで、少しずつ魔力を吸われる。だから触るな」

淡々と言って、僕はリアの手を引いた。


リアはしゅんとしながら頷く。

兄の横顔を見れば、ランプの影が濃く落ち、いつもより大人びて見えた。


胸の奥でノクシアが小さく漏らす。


――「優しい手になったね。前は、わざと傷つけるように触れてたのに」


僕は返さないで、前を見据えた。


――足音を響かせながら進むたび、地下の空気は重く沈んでいった。

奥へ進むほど、淡い苔の光は弱まり、赤い光が増えていく。まるで“誰か”に見られているようで、胸がざわつく。


「……気をつけて、リア」

僕は低くつぶやく。


岩陰から黒い影が飛び出した。狼のようだが、背には骨のトゲが走り、赤い目は血のように輝く。


「きゃっ!」


リアの声より早く、僕は蹴り出した。

空気が震え、周囲の空間がわずかに“ねじれる”。

――空間操作。

世界の形そのものを変え、存在の位置をずらす力。


獣の動きが一瞬止まり、見えない圧に押されるように弾き飛ばされた。


だが獣は止まらない。目がぎらつき、再び襲いかかってくる。


「くっ……!」

爪が肩をかすり、痛みが走る。リアはすぐに手のひらを前に出した。

白いひかりがパッと広がり、けものの体を包みこむ。

そのひかりにおされるように、けものの動きがとまった。



「今の……?」

「クレアナに教わったの。光で惑わせる、と」

リアは微笑み、もう片方の手に光を集めた。

白銀の剣が、やわらかな音を立てて形を取る。

彼女の能力――物作り(クリエイト)。武器の生成に特化しているのだ。


「いくよ!」

一閃、剣が闇を裂き、獣は崩れ落ちた。


だがその直後、奥から無数の足音が迫る。赤い目がいくつもこちらを向く。


――ノクシアが胸の奥で笑う。

「こいつら、“悪の気”に喰われてる。」


「斬るだけじゃ足りない」

僕は言い、手を広げて空間をねじる。青い光が流れ、黒い霧が吸い込まれていく。通路が淡く照らされ、モンスターたちの目が次々に澄んだ。


「……戻った」

リアの声が震える。


「この空間そのものが汚れてる。整えれば、救える」


奥の闇が、重く唸る。鈍い音が響いた。リアは剣を構える。

「カゲナ、まだ来るよ!」


「わかってる。僕が前に出る。リア、光で援護を」


リアの光が闇を裂き、僕は空間を切り裂く。三体の異形が崩れ、黒い霧が散った。静寂が戻る。


「……終わったの?」

「一時的だ。でも奥に“核”がある。ここが汚染の中心だ」

僕は手を前に出す。


能力、空間操作の中の1つ技、**空間把握スペース・スキャン**を使う。視覚ではなく、空間の歪みや魔力の流れを感覚として読む技だ。手のひらから青い光が広がり、周囲をなぞると脳裏に地図が描かれる。


そこに――異常な点。まるで世界の底が抜けたように、闇だけが深く沈んでいる。空気が吸い込まれるように渦を巻く、その塊こそが“悪の核”だった。


「……見つけた」

僕は小さく呟き、目を細める。


リアが顔を上げ、剣先を握りしめる。

「何かあったの?」


「奥に、闇を放つ中心がある。空間の流れがすべて、そこに吸い込まれている」


ノクシアが胸の奥で笑った。

――「なら、壊すしかねぇな」


リアの中の天使が静かに囁く。

(僕も備えておく。危なくなったらすぐ出る)


リアは短く息を吸い、兄の背を見つめて頷いた。

「……うん、信じてるよ。兄さんなら、きっと大丈夫。」


僕は息を整え、暗い奥へと足を進めた。


通路の奥で、重たい空気が震えた。

僕――カゲナの中で、胸の奥がざわめく。


(……ノク、まだ出るな)

そう心の中で言っても、返ってくるのは静かな笑い声。


――「カゲナ、今はノクの番だよ」


瞳がゆっくりと赤く染まっていく。

空気が変わり、空間がわずかに“歪んだ”。

僕の体はそのままなのに、雰囲気だけがまるで別人。


リアが目を見開いた。

「……ノクシア……出たのね」


ノクが目を開く。

その表情は無邪気で、でもどこか切なげだった。

「ふふっ、カゲナは少し休憩ね。ノクが見てるから大丈夫」


そう言って、ノクは一歩前へ出た。

その時――闇の奥で、まぶしい青い光が爆ぜた。


光の中で飛び回る、小さな青い鳥。

体全体が光になり、羽ばたくたびに残光が散っていく。

その名は――ルミナ。


ふだんの彼女は、小さな女の子の姿をしている。

空のように透きとおった髪、背中の青い羽。

だけど戦う時だけ、体を光に変えて鳥の姿になる。


「……ルミナ……」


ノクはその名を、小さく、息のように呼んだ。


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

――この戦いが終わったら、ルミナはいなくなる。

そう、胸のどこかで悟っていた。


彼女は今、自分の光の力を限界まで使っている。

その光は美しく、けれどどこか悲しかった。

まるで――燃え尽きることを知りながら、それでも輝こうとする炎のように。


小さい頃、クレアナやカゲナの母と一緒にいたとき――

ノクは初めて、あの青い鳥に恋をした。


ノクとルミナはいつも一緒だった。

一緒に遊んで、笑って、時には泣いて――。

ルミナは空を飛ぶ夢を語り、ノクは影で形を作って笑わせた。

その笑顔が、今も胸に焼きついて離れない。


ずっと前から知っていた。


(ルミナ……どうして、そんなに強いの)


ルミナは一人で怪物に立ち向かっていた。

体を光に変えて、何度も何度もぶつかっていく。

その羽がちぎれても、光が弱まっても、止まらない。


ノクは拳を握った。

「……ノクが出たら、邪魔になる」


でも目をそらせなかった。

涙がにじみ、胸が焼けるように痛い。


(ルミナ……ノクね、本当は……ずっと、あなたが好きだった)


光が大きく弾けた。

怪物の腕が振り下ろされ、ルミナの体が壁に叩きつけられる。

青い羽が散って、光が弱まる。


「……やめて……!」


ノクの叫びが、闇をゆらした。


足元から黒い影があふれ、風のように舞い上がる。

紫の光が広がり、空気が震える。


「今度は、ノクが守る!」


怪物が大きな腕を振り上げる。

地面が割れ、石が飛び散った。

ルミナは光の鳥となってそのすき間をすり抜け、

羽ばたくたびに青い光を走らせる。


けれど、光は少しずつ弱まっていた。

羽がちぎれ、体がかすんでいく。

それでもルミナは止まらなかった。


「ルミナ、やめて……もう、そんなに力を使ったら!」


ノクは手を伸ばす。

影が地をはって広がり、

闇の中でルミナを包み込むように抱きしめた。


夜が光を守るように――。


光と影が混ざり合い、

大きな音とともに空間がきしんだ。

怪物の体が砕け、胸の奥にあった“闇の核”が崩れ落ちる。

黒い霧が風に流れて消えると同時に、ノクの膝が震えた。


静かになった空間の中で、

ノクはふらつきながらルミナを見つめた。

彼女の光は小さくなり、

まるで消えてしまいそうに揺れていた。



ノクはゆっくりとルミナの前にひざをついた。

ルミナはもう鳥の姿ではなかった。

人の形に戻り、小さな手がノクの影の上に落ちる。


「……ルミナ……」


ルミナは微笑んだ。

「ノク、ありがとう。光はね影があってこそ、強くなれるんだね」


その言葉と共に、ルミナの光がやわらかく広がり、

ノクの頬を照らす。


ノクはその光をそっと抱きしめるように目を閉じた。

「……ノクの影も、君のそばにいるよ。いつまでも」


光がゆっくりと消えていく。

闇の中に、青と紫の淡い光だけが残った。


カゲナの声が、遠くで響く。

(……ノク、ありがとう。もう、戻っていい?)


ノクは小さく笑った。

「ふふ、バトン返すね。カゲナ……ルミナのこと、忘れないで」


その瞬間、瞳の赤がゆらぎ、再び青に戻る。

静かな息と共に、カゲナが立ち上がった。


リアが駆け寄る。

「カゲナ! ノクは……」


カゲナは目を伏せ、小さく答えた。

「……眠ったよ。でも……少し、笑ってた」


二人の前に残ったのは、

青く光る羽がひとつ――ルミナの羽だった。


カゲナはそれを拾い、そっと胸にしまう。

「行こう、リア。この先にまだ……何かがいる」


リアは頷き、光の剣を構えた。

二人は青い羽の光を背に、再び闇の奥へと進んでいった。

闇の中に、青と紫の淡い光だけが残った。

それは、もう一度夜明けを願うように、静かに瞬いていた。


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