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第5話「ユナの優しさとOuroborosの宣言」

 ショッピングモールに入ると、ちょうど母さんからメッセージが入った。

 買ってきてほしいもの一覧が、母さんから送られてきた。

 俺は母さんから頼まれた品を次々とかごに突っ込んでいく。

 すると突然、視線を感じた。

 嫌な気配がしてそちらを見ると、複数の女性がこちらを見ていた。

(そんな……! ちゃんと薬は服用したはずなのに——!)

 明らかに俺の"魅了"によって正常な判断力を失った女性達だった。

「可愛いなぁ……」

「お持ち帰りしたい……」

「はぁ……はぁ……」

 ある者は虚ろな表情で、ある者は血走った目で、俺を見つめてくる。

 俺はその視線に寒気を覚えながら、どうするべきか考える。

 ここで大事になれば、俺の身柄は間違いなく警察に保護されるだろう。

 そのことがOuroborosにバレれば厄介だ。

 警察に保護されるのは一見安全なように思えるけど、俺の方でも自由に身動きがとれなくなってしまう。

 どうしよう……。ここは一旦、逃げるか? そんなことを考えているうちにも、女性達は俺から目を離さずにじりじりと歩み寄ってくる。

「ねぇ……? 一緒に気持ちいいことしようよ……」

 俺はいよいよ身の危険を感じて逃げようとしたけど、周りを囲まれてしまう。


(くそっ……! やるしかないか……)

 俺が身構えたその時だった。

「お姉さんたちなにしてるのぉ~?」

 聞き覚えのあるゆったりしたマイペースな声……。視線を向けると、そこにはやはりユナがいた。

 その瞬間、女性たちは一斉にユナの方に視線を向ける。そして口々に罵り始める。……ユナの"被虐"の能力だ。

「お姉さんたち、こっちだよぉ~。一緒にお話しようねぇ~」

 眠気を誘うようなおっとりとした声でそう言いながら、店の出口へと向かうユナ。

「ユナ——!」

 俺が叫ぶと、ユナは少しだけ振り返ってウィンクをしてみせた。

 女性たちは口汚く罵りながら、俺への関心を失くし、買い物も忘れ、ユナを追いかけていく。

「……また……助けられた……ユナ……」

 俺は一度かごを置くと、トイレに駆け込んで入間さんからもらった薬が入ったケースを取り出した。

(……本当ならあと1週間は飲まなくていいはずだけど……やっぱり効きが悪くなってるのか)

 入間さんに電話を掛ける。

 薬の量を増やしてもいいか、判断を仰ぐためだった。彼女には自己判断しないように言われている。

 ……何度もコールが鳴っているが、入間さんは電話に出ない。

 仕方なく俺は電話をしまうと、薬を服用することにした。

 背に腹は代えられない……。

 ここで大勢の女性を巻き込んで大きな事件になるよりも、1人だけの問題で済ませた方がマシだろう。

 ケースから錠剤を2粒取り出して、水無しで飲み込む。

 恐る恐るトイレから出てみる。女性たちと目が合っても先ほどのようなおかしな雰囲気にはならない。

 ……よかった。

 薬の効果は効いているようだ。

 

 ホッとしていると、肩をポンポンと叩かれた。

 振り返ると、ユナが立っていた。

 少し服がよれて、土汚れも付いている。

 俺を守るために女性たちを惹きつけ、彼女たちから攻撃されたことは明らかだった。

「ユナ……ありがとう。……ごめん、助けてもらってばっかりで」

 俺がそう声を掛けると、ユナは首を横に振った。

「いいんだよ。雄飛ちんは特殊だからねぇ。それにあたしは、あれくらいの人たちの攻撃なんか全然効かないんだよぉ」

 ユナはそう言ってにっこりと微笑む。ユナの耐久力は常人離れしているけど、それでも痛いはずだ。体もそうだけど、心だって。

 そんなふうに暗い顔をしてると……。

「こぉら、雄飛ちん~。あたしは謝れるより感謝された方が嬉しいんだって。だからね、気にしないで? お互い様だよぉ~」

 ユナはそう言って、俺の頭をポンポンと撫でる。

「うん……ありがとう」

 俺がそう言うと、ユナは満足そうに頷いた。

「あ、でもぉ。せっかくお休みの日に会ったわけだし。よかったらおやつ奢って欲しいな? あたしお腹空いちゃった!」

 ユナはそのふっくらした頬を抑えながら、にぱっと笑う。

「ああ、いいよ。さっきのお礼に、好きなのご馳走する」

 俺がそう答えると、ユナはやったぁ! と言って俺の手を引いて歩き出すのだった。


 ちょうどおやつ時ということもあり、俺たちはモール内のカフェに入った。

「う~ん、あたしも知り合いからもらってる薬で能力のコントロールしてるんだけど、全然平気だよぉ~? やっぱ雄飛ちんが特殊なんだと思うんだぁ。その入間さんって人に、何か対策考えてもらった方がいいね~」

 ユナは注文した苺のショートケーキをフォークで突きながら、そんなことを言ってくる。

「うん……実はその薬の件で相談しようと思ったんだけど、電話が繋がらなくて」

 俺がそう言うと、ユナはうぅんと唸る。

「絵未ちんなら薬を生成できるけど……。それはあくまでも今そこに存在している物だけだもんねぇ。効き目を強くしたりはできないから、やっぱり専門家のその人になんとか連絡付けるしかないかもねぇ」

 ユナはショートケーキをパクっと口に放り込んでそう言った。

「そう、だな。ユナだけじゃなくて絵未にもこれ以上負担を強いるのは悪いから……」

 俺はそう言って紅茶に口を付ける。……少し冷めてしまって苦みが増した気がする。

「あはは、雄飛ちんは相変わらず優しいなぁ~。言ったでしょ? お互い様だって~。絵未ちんもそう思ってると思うよ~」

 ユナはそう言って微笑む。

「ありがとう。……あ、そういえばなんでここに? ユナも買い物?」

 俺の問いにユナはうなずいた。

 どうやらお気に入りのリップが再入荷したらしい。

 彼女は本当にオシャレが好きだ。

 周りからは痩せたら絶対にもっと可愛いのに、とか、痩せたら芸能事務所にスカウトされそう、などと言われるユナ。

 だが本人はそのつもりはないらしい。

「あたしはあたし自身がしたいオシャレをして、それで自分がテンション上がるならそれでいいんだぁ~♪ それにねぇ……実は"被虐"の能力の関係上、痩せると耐久力落ちちゃうんだ」

 以前ユナは、ダイエットをしない理由についてそう話していた。

 俺は今のままのユナでも十分すぎるくらい素敵だと思う。能力が関係していて、そのことで痩せられずに悩んでいるなら辛いことだと思うけど、ユナ自身は太っているか痩せているかにこだわりはないらしい。


「あ、そう言えばさ。やっとあたしたちの担任が決まって、今度赴任してくるんだってぇ」

 ユナがそう言って、スマホを俺に見せてくる。

 画面には学校からのお知らせとして、1年A組……つまり俺たちの担任教師が赴任してくることが書かれていた。

 俺たちが入学してから1週間、本当は担任になるはずだった教師が、交通事故で入院していた。

 他の教師が代わる代わる代役で担任業務を行っていたが、本来の先生の復帰が長引きそうということもあって、新しい先生を募集することになっていたらしい。

 そしてようやく決まったというわけだ。

「へぇ……どんな先生なんだろう。楽しみだな」

 俺がそう言うと、ユナはうん! と頷いた。

 それからしばらく雑談をしてからそれぞれの買い物に付き合い、店を出て別れることにした俺たち。


 ふとモールの家電売り場の近くを通ると、さっき岡山支部で見た、種吉秀と河南乱下が握手する姿がニュースとして報じられていた。

 思わず足を止める俺。ユナも同じタイミングで立ち止まった。

 俺たちは何かを話しするでもなく、2人並んでその映像を見ていた。

『ニュー東京の河南乱下氏は、"昨夜の会合を経て、我が国ニュー東京は大いなる組織であるOuroborosと手を組むことをここに表明した"とコメントしました』

 ニュースキャスターが、そう読み上げた。

 そしてそのまま乱下が会見で語る様子が映し出される。

「俺たちゃあ、豊富な資金と研究場所、研究材料の提供と引き換えに、ニュー東京の発展貢献と、技術供与の面において協力していくことで合意した。これでまた一歩、Ouroborosは祝願成就に……俺たちゃあ夢のニュー東京という理想郷建国に近付いたってわけだ」

 乱下は用意されたテーブルに足を乗せながら、イスにのけぞるように座ってマイクを片手にそう語る。とてもじゃないが、一国の首相の態度とは思えない。

「ははっ! ざまあみろ、日本! ざまあみろ世界!」

 乱下はあっかんべーをしながら、カメラに向かって舌を出す。


 次に映像が切り替わり、1人の男性の姿が映し出された。

 Ouroborosの幹部、種吉秀だ。

「この日、この時を持って、我々の組織は世界に向けて公に宣言する。我らはOuroboros。間もなく我らの元に新たな神が誕生し、その神によって世界は一変する……。死という概念の存在しない、平和で争いのない世界へと生まれ変わるのだ。その時、選ばれた者以外は絶滅種として淘汰される定めにあるのだ。これより我々は数年をかけて問う。淘汰される道を選ぶのか……それとも、新たな神の元で新人類として生まれ変わるのか……と。死にたい者はそのまま滅びを待つがいい。だがもしも生きていたいと願うのなら……ニュー東京へどうぞお越しください。そこであなたは新人類へと生まれ変わるのです」

 落ち着いた、冷静な語り口だった。

(父さん……!!)

 俺はそんな秀の姿に拳を震わせる。もはや隠す気もない、ということだろう。

「ゆ、雄飛ちん……。あたし帰るね……! 今日はありがとね~!」

 珍しく慌てたように駆け出すユナ。

 あ、と思って追いかけようとするも、ユナはあっという間に遠くに行ってしまった。

 礼を言うのはこっちなのに……。

 ユナもきっと不安なんだろう。Ouroborosについては、俺が過去のことを話してるから知ってるし、彼女自身転生者として勧誘を受けたと語っていたからだ。

 俺は不安な気持ちと、早く帰って母さんと話をしなければという思いから、帰路を急ぐのだった。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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