解放
無事に解凍し終えて、体の感覚が元に戻った頃。二度の災難に襲われた僕を案じてか、明美のお父さんは予定よりも早く帰る事を決定した。午後にはここを発つ予定だ。
その前に、僕には確かめなければいけない事がある。
「……ねぇ、ついてこなくても大丈夫だってば。もう勝手に死にかけたりしないから」
「二度あることは三度あるって言うでしょ? それにアンタ方向音痴だし、森の中で迷子になったら捜しようがないわよ」
「姉さん。僕ってそんなに信用ない?」
「あると思ってるの?」
「まぁ、申し訳程度には……」
後ろから姉さんに手を掴まれた状態で森の中を歩いていく。目的地はこの森の何処かにある銀の家。実際に今も残っている確証は無いが、残骸だけでも確かめる事は出来る。
『ここから出たい……!』
あの奇妙な空間で聞いた銀の想い。あの真意を解き明かさなければ、元の日常に戻ろうに戻れない。
「ねぇ。アンタが死にかけてた間に出会った銀って女についてだけど。どうしてその女が現実にいた人物だと確信出来るの? 死にかけている間に見た幻覚とは思わないの?」
「う~ん、なんて言えばいいかな~。確かに、銀と会って話したのは、生きるか死ぬかの瀬戸際でだった。姉さんの言う通り、意識不明の僕が創り出した幻かもしれない。オジサンや山村さんから、この村の言い伝えについて教えてもらったから、それが影響して想像しただけかもしれない」
「妙に現実味があった、とか?」
「現実味、か。肌の体温や感触。焼き付いた記憶。現実に感じる事や憶える事だったけど、同時に非現実的なものでもあった」
「じゃあ、アンタは何を根拠にしてるわけ?」
「理屈なんか無いのかもしれない。ただ僕が気になるから確かめたいだけかもしれない。姉さんにはない? 時々、やりたい事や確かめたい事が突然体を動かす事が」
「ない。いついかなる時も、私は確固たる意志を持って生きているから」
「僕への好意をあったりなかったりしてるくせに……」
「それは……うぅ……」
初めてだ。姉さんを言い負かしたのは。でも、この勝利には何の価値も無い。最初は姉さんがハッキリと答えを出さずに迷っている事を良しとしていた。迷っているという事は、僕を好きな気持ちを隠している表れだと。
でも、そろそろ待てなくなってきた。このまま結果が出ない恋をするよりも、諦めて新しい恋を始めた方が良いのかもしれない。
「……あれって!」
森の木々に隠されているかのように、あの家は存在していた。だが遠目から見ても、それはもう家とは呼べない残骸であった。
正面玄関が崩れている為、他に中へ入れそうな場所を探していると、壁の下側に小さな穴が出来ているのを見つけた。蹴って穴を大きくしようと考えたが、蹴った瞬間に家が崩れそうなので、地面を這いずって小さな穴を通った。
なんとか中に入ると、家の中はほぼ森と化していた。その中でも一部分だけ不自然に綺麗な状態で残っており、床が抜け落ちないよう気を付けてそこを目指した。
そこには小さなテーブルと座布団が敷かれていた。テーブルに置かれたままの紙とペンを見るに、手紙を書く場所だったのだろう。
「ハルト。あそこ、何か変よ」
遅れて来た姉さんが指差したのは、崩れた床に埋もれた箱。時代劇などで見た事がある服を保管しておく箱に似ていた。
箱に近付き、絡まったツタを取り除いて、おそるおそる箱を開けていく。僅かに出来た隙間から、箱の中に籠っていた異臭が漏れてきた。汚物の臭いではなく、腐った何かの臭い。
箱の中身が明らかになると、僕も姉さんも絶句した。驚きのあまり、数秒だけ息をするのを忘れてしまった。
「……銀、なのか?」
箱の中に保管されていたのは、銀……と思わしきミイラだった。腐り切った肉体や、傷んだ着物にかつての面影は無い。
ただ、僕が銀と名付けたキッカケ。月のように美しい輝きを放つあの銀色の髪は、未だ生きているかのように健在だった。
「ハルト……」
「……当たり前だ。この人は僕達よりも、ずっと昔にここに住んでたんだ。生きている訳、なかったんだ……ん?」
銀の髪に隠されるようにして、一枚の封書が置かれていた。手に取って見ると、封書には今さっき書いたかのように綺麗な字で【最愛なる姉様へ】と書かれていた。




