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 自室のベッドで横になりながら、明美の告白を思い出していた。好意の言葉とキスは確かに記憶に残っており、姉さんとの思い出に匹敵する程に鮮明だ。




 あの後、昼休みが終わるチャイムをキッカケにして、僕は逃げ出した。それ以降、明美と言葉を交わす事は無かった。携帯には今も明美からメッセージが届いているが、どんな気持ちで返信すればいいか分からず、着信音を耳にしながら天井を眺め続けていた。




 しかし、このまま一度も返信せずに明日を迎えると、明美は僕が避けてると錯覚するだろう。そうして段々と交流が減り、やがて疎遠になって、他人同士になる。それは僕が望むところではない。かといって、何の考えも無しに返信するのは不誠実だ。ちゃんと明美の気持ちに寄り添って、適切な言葉で返信するべきだ。




 問題は、どんな返事にするかだ。きっぱりと告白を断る事が出来ないのは、少なからず僕は明美に対して好意を抱いているからだろう。だからといって、姉さんを諦める事は出来ない。でも明美との関係に亀裂が入るのも嫌だ。




「……相談してみるか」




 僕は携帯を手にして、隣の部屋にいる姉さんの元へ赴いた。




 姉さんの部屋に入ると、姉さんは椅子に座りながら机の上にある何通もの手紙に目を通していた。




「姉さん。ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」




「相談?」




「うん……その手紙は?」




「ラブレター。毎日のように渡されるのよ。正面から渡してくる人もいれば、下駄箱や机の中に入れておく人もいるの」




「まさか、誰かの告白を受け入れるの?」 


         


「まさかって何よ。書かれてある文章に目を通して、この人良いなと思ったら、実際に会ってみるわ。まぁ、どれも定型文のような物ばかりで、肝心の本性が見えないけど」




「そっか。安心したよ」




「……アンタね、昨日私が言った事をもう忘れたの? 私とアンタは姉と弟。私が誰かの告白を断っても、アンタが安心する必要はないの」




「いや、確かに姉さんが告白を断る事には安心したけど、もう一つ安心出来た事があるんだ。実は、僕も今日告白されて―――」




 相談の導入部分を話し始めた瞬間、姉さんは勢いよく立ち上がった。座っていた椅子は床に倒れ、僕を見る瞳には力が込められている。




「……冗談でしょ?」




「本当だよ。何度か姉さんも会ってると思うけど、明美っていう女子から―――」




「もちろん断ったよね?」




「もちろんって何さ」




「だって! アンタは私をずっと好きでいる約束でしょ!? なのに他の女と恋人になるつもり!?」




 今更だが、姉さんと交わした約束はかなり無茶苦茶だ。今の姉さんの気持ちが変わらない以上、僕はずっと叶わない片想いを抱き続けないといけない。姉さんへの好きが大き過ぎて気付かなかったが、これは約束というより罰だ。




「落ち着いてよ姉さん。それで相談なんだけど、穏便に済ませられる方法ってないかな? 前よりも明美と仲良くなってきたし、実際一緒にいると結構楽しいんだ。だから、その……告白を断っても仲良くしていたい。でも、僕は告白なんかされた事無いし、仲が悪くなりたくないと思うのも初めてだ。それで姉さんに相談してみようかなー、って」




「……アンタ、あの子に惚れてるの?」




「僕が? 僕は姉さんが好きだ。明美の事は……明美は……わりと、好きかも」




「浮気! 最低! 軟派男!」




「ちょっと待ってよ! 最低と軟派男は素直に受け入れるとして、浮気は違うでしょ!? 僕と姉さんは恋人じゃないだろ!?」




「あれこれと言い訳しちゃってさ! そうだよね、あの子結構可愛いもんね! あんな可愛い子からの告白を断るなんて、そんなのもったいないよね!」




「断るつもりだよ! でも、なんか断るのは悪いと思って! 姉さんが今すぐ僕と恋人になってくれるのなら、こんな悩む必要無いんだよ!?」




「グヌヌ……!」




 姉さんは何度か僕に殴りかかろうとしたが、結局その矛先は机の上に置いてある恋文に向けられた。グシャグシャに丸めた恋文を僕に投げ飛ばした後、手で顔を覆いながら倒れるように椅子に座った。




「……あの子が好きなの? 一人の女性として?」




「……分からない。僕が好きなのは姉さんだ。一人の女性として、姉さんが好きだ。でも、それとは別に、それか同じくらいに、明美の事が好きだ」




「二股するなんて、最低ね……」




「正直言って、好きって気持ちが分からなくなっているのかもしれない。僕は産まれた時から姉さんが好きだった。本来は特別な想いのはずの好意が、僕にとっては当たり前の感情だったんだ。だから、分からないんだ。明美に対する僕の好意が、姉さんに対する好意と同じなのか別なのか」




「……アドバイスをあげる前に、一つ約束して。私を好きでいる事を止めないで」




「止められる訳ないじゃん」




 すると、姉さんは椅子から立ち上がって、僕に右手を差し出してきた。反射的に差し出された右手に手を乗せると、姉さんは僕の手を払いのけ、再び右手を差し出した。




 僕の携帯を姉さんに手渡すと、姉さんは表情を微動だにせずに文字を打っていく。そうして携帯を返されると、画面には明美とのメッセージ画面が表示されていた。そこには僕が明美に送った憶えの無い返信があり【お試しで付き合ってみよう】と書かれていた。




「……なにしてんの?」




「今週の土日にデートでも行ってきなさい。デート先を決められないのなら、彼女に決めてもらうのも手よ」




「いやいや……いやいやいや! え、ちょっと! なにしてんのさ!? 僕は相談しに来ただけで、決定権を譲りに来たわけじゃないんだよ!?」




「まぁ聞きなさい。アンタがあの子に好意を抱いているか分からないのなら、実際に付き合ってみるのが一番よ。もっと一緒にいたいと思えたら、それはちゃんとした恋よ」




「だからって……!」




 その時、一通のメッセージが届いた。送り主は明美からで【嬉しい! 明日からよろしくね!】と書かれていた。




「明日からよろしく、だってさ。お試しとはいえ、ちゃんと彼氏らしくしなさいよね」




 姉さんに相談しに行った結果、事態は更に面倒な事になった。

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