分かった気でいるな Side:アリウム
その後俺とアデルは、国家精霊部隊のスカウトを受け、俺は学院を次席で卒業した。
当然俺は入隊する。理由はさっきの理由の他にも、もう一つあった。
卒業式の日。俺はある場所へと向かっていた。
目的の部屋へ着き、コンコンとノックをして中にいる人の許可を取ると、部屋へと入る。
「おお。お主は…アリウム・エアハルトか。一体とうしたのじゃ?」
俺の目的の人物…ヴァイゼ学長が、いつもの穏やかな態度で俺を出迎える。
「卒業式は大丈夫なのか?わしは今日はちと体調が優れんから、皆に伝えたい事は手紙にして、副学長に渡しておるんじゃが…」
「俺は次席なので、特に呼ばれたり出番はありませんよ。それにこんなマンモス校、1人抜けるくらいじゃ気付かれないし、出番があるのなんて…せいぜい首席のアデルくらいでしょう」
アデルはあの後も天才的な才能を発揮し続け、2年が終わる頃にはこの学院の全課程を終わらせたらしく、飛び級で卒業する事になった。それも主席で。
「ふぉっふぉっふぉっ。アデルはこの学院に入ってから、周りが休む余裕を与えておらんな」
「そうですね」
俺はそう言うと、袖からあるものをこっそり取り出し、腕を後ろに組んで隠す。
鋭い刃を持ったタガーだ。
俺の最初が行うのは、ヴァイゼ学長。この国の全ての精霊使い達の象徴を殺す事だった、
この人を殺せば各方面に多大な影響が出るのは間違いないし、何よりこの人は強力な精霊使いだか、もう80を超える老齢だ。精霊ではなく、力技に持っていけば間違いなく勝てる。
雑談で気を取らせて、その隙を狙う。それが学長の殺害計画だった。
「ヴァイゼ学ちょ」
「血反吐を吐く鍛錬の日々は辛くはなかったか?
精霊の力を持たない者よ」
はっ?と間抜けな声が出た。
この人は一体何を言ってるんだ?いや違う、どうして気付かれた?
そんな事は誰にも一言も言ってないし、それがバレないような振る舞いも徹底した。
他の教師達や生徒にも気付かれなかったのに、どうやって?
様々な思いがぐるぐると頭の中を回っていると、学長は悲しそうな表情で俺を見てきた。
「いや…辛くなかったはずがないのに、そんな事を聞くのは愚問だ。すまなかったな」
「な、何で…一体どうやって…」
「いくつかあるが、何よりも…。
精霊の力を使っている時のお主は、とても辛そうな、そんな風に見えたんじゃよ」
…俺ですら気付かなかった気持ちを、どうしてこの人は見抜いたんだ。この僅かな指摘に、俺の心は大きく揺さぶられた。
「どんな方法で手に入れたのかは分からないが…。精霊の力は、簡単に手に入るものではない。本当に恐らくだが…あいつの力を」
「分かったような…
分かったようなふりをするなぁーーー!!!」
俺はそう叫びながら、後ろに隠していたタガーで学長の腹を思いっきり刺した。
ぶつりと肉が鳴る不気味な音がして、一瞬心臓が跳ね上がる。
学長は傷口を押さえて冷や汗をかきながら蹲った。
「俺の苦しみも悲しみも、痛みも知らない、分かったようなつもりでいるだけの奴に、分かったようなふりをされる筋合いはない!俺は!俺は…」
「すまなかった」
またしてもはっ?と間抜けな声が出た。どうしてこの人が謝るんだ?
「精霊の力を持つ自分達が…精霊の力を持たない者を差別して、迫害して、傷付けて…。そんな状況、あってはならないのに、他でもない自分達が最も向き合わないといけないのに…お主の心も、人生も傷付けてしまって…本当に…」
学長の目には涙が流れていた。
「でも…でもな…」
呼吸を苦しくしながら、言葉を続ける。
「あの者が…アデルが…。きっとこんな状況を変えてくれる。そうしたら…精霊の力を持つ者も持たない者も、いつかは…」
そう言うと学長はうつ伏せに倒れた。
確認すると、息はなかった。死んだのだと確信した。
アデルがこの状況を変える?あの、自分の才能を過信しているだけの、偽りの天才が?
そう思いながら学長の死体を見つめていると、窓辺りから低い声が聞こえてきた。
「おいあんた…。何やってんだよ…。その人は学長だぞ…。そんで…殺したのか…?」
声の主を確認すると、声の主はアデルだった。
表情の感じやペンダントをしていない姿からして恐らく…国家精霊部隊への入隊を拒否し、追っ手から逃れてここへ来たのだろう。
そして俺はアデルを見て言った。
「精霊は、人間に跪きながら生きていくものなんだよ。だから…精霊と人間は助け合って生きていくなんて考えを持った人間は…必要ない…。
それが学長だろうと、2000年に1人の天才だろうと」




