奇妙な出会い Side:アリウム
「はっ?」
走り続けて辿り着いた誰もいなかったはずの花畑で、フード付きのマントで顔を隠した人物が立っていた。
身長はそこまで高くはないけど、声の高さからして、そこまで歳は食っていない感じだった。
「精霊の力が欲しいんでしょ?だったらその力をあげるよ」
「…」
何言ってんだ?こいつ。と思ってしまった。精霊の力は生まれつき先天的に持つ力だし、俺を励ますための冗談だとしても笑えない。
訝しげに「じゃあ、力をくれるならくれよ」といった感じに手を差し出すと、その人は自分の手を重ねてきた。
けれども光とか効果音みたいなものは何もなくて、やっぱ冗談かと思ってその人を無視してどこかへ行こうとしたら「気付いてないの?精霊の力を手に入れたのに」という声がして、もう一度手を確認すると、手から何と雷が発生していた。
えっ、と思って近くにあった川を泳いでいた魚にそれを浴びせると、魚は感電死した。
…本当に、精霊の力を手に入れたのか?
「なあっ…」
その人に聞きたいことが一瞬で山のようにできて、その人の姿を探すがどこにも見当たらない。
その人がいた痕跡すらないように、その人は消えていた。
「…」
でも、力が手に入ったのなら、これだけ良い話はない。
その夜から俺は、家にも帰らずひたすら精霊術の鍛錬を始めた。
俺の精霊の力は、雷の精霊らしく、様々な精霊の中でも特に殺傷力の高い力らしい。
もっと強く、もっと力を…!
一心不乱に鍛錬をする日々を2年以上続け、俺はある学校に入学する事を決意した。
ライプチヒ国家精霊学院である。
精霊の素質を持つ若者が集まり、鍛錬と勉強を行う場所。
入る理由は主に2つあった。1つは、自分の精霊の力をより強いものにする為。そしてもう1つは…。
この学院を優秀な成績で卒業すれば、国家精霊部隊からのスカウトが来ることがあるらしい。今の部隊の隊員にもそういった人が何人かいる他、何なら俺の父親もそうだったらしい。
そしてこの組織のトップの総帥になれば…。
俺は学院で必死に勉強して、優秀な成績を修めた。
同級生達は俺を天才だと持て囃す奴もいて、俺の力に縋ろうと媚を売ってくる奴なんかもいた。
けれども、そんな事があっても俺は満足しなかった。理由は主に2つある。
1つは、あのクソ父親が俺を自分の息子だと自慢し始めて、権力をより強くした他、俺と何か縁を作ろうと俺に媚を売る女子達の母親と関係を持ち始めたのだ。
…自分の母親を、他の男性の花嫁になるはずだった母親を、そして、かつて自分の妻だった人の事も忘れて、父親は日々豪遊に身を溺れさせた。
…精霊の力を持たない息子が、突然力を持ち始めた事を不審には思わなかったのか。そんな俺の事を一切思わない行動にも憤りを感じた。
そしてもう一つは、俺がこの学院に入って6年目の時だった。
いつものように学内を歩いていると、近くからわあっと歓声が聞こえた。
何かと思って声のした鍛錬場へ行くと、そこには人だかりができていた。
人だかりを掻い潜って鍛錬場を確認すると、そこではどうやら精霊術実演の授業の最中だったようで、教師と生徒が精霊術で模擬戦闘を行っていた。
精霊術実演の担当はドミニク先生という男性教師で、この学院の教師達の中でも指折りの実力を持つエリート教師だ。俺も実演では一度も勝てた事がない。
そんな実力派の教師が、尻餅をつきながら対戦相手と思しき生徒を悔しさと嫉妬が滲んだ表情で見つめている。いつもは自信に溢れて堂々としたドミニク先生だが、この時ばかりはそんな要素が1ミリも感じない程情けない姿を生徒達の前で晒している。
何があったのかと近くにいた生徒に聞いた。
「あぁ…あの1年のチビ。ドミニク先生に実演の模擬戦闘で勝ったんだよ!それも一瞬で!」
さらに話を聞くと、ドミニク先生は水の精霊の使い手だが、それを相性で不利な炎の精霊で勝利してしまったらしい。
ドミニク先生に勝利。それも相性的に不利な炎の精霊で、1年で。
俺はドミニク先生に勝利した1年を改めて見た。
緑色の髪に灰色の大きな瞳、白い肌が特徴的な、なかなか整った顔立ちの少年だった。
教師に生徒が勝利するというだけでもなかなか異常事態なのに、少年は特に嬉しくもなさそうで、それどころか「授業終了っすよね?帰ってもいいっすよね?」と言って鍛錬場を後にしてしまった。
「な、何だあの子…」
思わずそう呟くと、隣にいた生徒がこう言った。
「アデル・フォン・ヘルトリング。生徒や教師の間で、神童だって有名な1年だよ」




