月下に滲む本音
「…眠れない」
…何でだ。あんなに動いて疲れてるはずなのに、宿で良質なベッドと毛布に包まれているはずなのに、瞼が下に下がろうとしない。どうやら、気持ちというのは疲れを大きく上回ってしまうらしい。
「…しょうがない」
あんまり良くないかもしれないけど、夜風に当たりに外へ行く事にした。毛布を脱ぎ、裸足のままローファーを履いて、外へ向かう。
宿から借りた長袖の白いネグリジェを揺らしながら、宿の裏にある庭へ向かう。そこで私は思わずえっと声を上げた。
「…ん?あぁ、メリッサか。お前も眠れねーのか?」
先客こと、アデルが庭のベンチに座っていた。
「あ、うん…。何か考え事しちゃって」
私は自然とアデルの隣に座る。
「そうか。…お前って、何でアラクから出たんだ?」
アデルが私の顔を見ながら突然聞いてきたので、へっ?となってしまった。
「あ、別に責めてる訳じゃねぇぜ。ただ、アラクって色んな分野が発達した国だろ?そんな国から出るって、何かあったのか?」
「…確かに、アデルの言う通り、医療とか科学とか。色んな分野が発達してて、豊かな国だなっていつも思う。
…でも、国が良くても、人の心はあんまり変わらないなって」
私の言葉を、アデルは真剣な表情で黙って聞いている。
「私ね、親がいないんだ。親がいなくて、預けられた施設でも色々あって、そんな場所から逃げたくて頑張って今の学校に入ったんだけど、そこでも何か…人の心の闇を感じたというか。で、そんな時にケントと出会って、『外へ出ない?』って誘われて」
ケントと出会った時の事を思い出す。あの時助けてくれたお兄さんが、まさか私の人生を大きく変える存在になるなんて思いもしなかった。
夜風が私の体温も、私の心にも冷たく触れてくる。
しばらく無言が続いて、アデルが口を開いた。
「…ふぅん。あいつ、俺達の事を似てるって言ってたけど、今の話を聞けばあながち間違ってねぇな」
「…え?」
「俺もいないんだよ。親が。…いや、書類上の親はいるけど、あいつらは…」
そこまで言って、アデルは続きを言わなかった。そのままベンチから立ち上がると歩き出し、顔をこちらに向けながら私に呼びかけてきた。
「俺はもう戻るけど。お前はまだここにいるか?」
「あ、うん。もうしばらくしたら戻るつもり」
「そうか。…メリッサ。自分の事をよく知らない奴に、自分の価値を勝手に決めさせる権利なんてないんだぜ」
月の光に照らされながらいつもの口調で、でもいつもとは違う静かで強い声に、私は返事が出来なかった。
…アデルも親がいない?どういう事だろうか?
少年の予想外の告白、そして滲み出た本音に、私の悩みは上書きされた。




