私の気持ち
捕食されて体を食いちぎられた関係で、血で赤く染まった下水道を、私は冷ややかな目つきで眺めた。
こんな惨状を見ても心は水面みたいに平穏で、むしろ清々した気持ちすらある。
そんな私を見て、お兄さんは私に声をかけてきた。
「ねぇメリッサ、だいじょう…」
「私ね、親に捨てられてるの」
大丈夫?と聞かれたのに、何でこんな言葉が出てきたのか、私にも分からない。
「小さい頃に捨てられる形で施設に預けられて、そこでもまたいじめに遭って」
さっきの偉そうにしていた奴らが危険生物にあっけなく捕食された姿を見て、私の中の何かがぷつりと切れた音がした。
「それで、私が生きている世界はすごく狭い世界で、もっと別の場所に行けば、自由や幸せが手に入るんじゃないかと思って、地元から離れた今の高校に入ったの」
施設を出たくて、もっと広い世界を知りたくて、数学の公式や歴史の年表を必死に覚えていた受験生時代を思い出す。頭が破裂しそうなくらい大変な日々だったけど、でも同時に、「今頑張ればきっと私は自由になれる」と根拠の無い確信を持っていたので、大変だったと同時に、希望の気持ちもあった。
でも…。
「いざ来てみたら、人の心なんて誰も大して変わらないんだなって思った」
我ながら捻くれた言葉だ。でも、心からの本心だった。
「自分より弱いと思った人を、いろんな形で虐げて、満足して。これだけでもめちゃくちゃなのに、自分より強い人が現れた途端弱腰になって、自分の今までの行いなんて忘れて、助けを求めて。それも、今まで散々下に見ていた人に」
さっきの助けを求めてきた自衛官を思い出す。つい最近まで私をナンパして、私は困っていたのに、今この瞬間はもう、顔も思い出せないし、何で自分はあんな人に悩んでいたんだろう、とすら思う。
私はきっと、今も、これからも、こんな思いを抱きながら生きていくんだろう。
私はこんな思いを持ちながら生きていくの?
…いや、そうじゃない…。
「私…何で、何のために生きてるのか、ぜんぜん分からない…」
私の心の奥のさらに奥、誰にも明かせなかった、心からの本音だった。
誰かに振り回され続けて、そんな人生に一体何の意味があるの?私は、何で生きてるの?
心の中の風船が破裂して、こんな思いが出てきてしまった。
「じゃあ、俺と一緒に出ていこうか。この島から。」
えっ、と素直に思った。何言ってるんだ?この人。島から出るなんて、要は死ぬ事と同じなのに。
けれどもそんな実現不可能な言葉に、メリッサはある事を思った。
実はこのお兄さんは死神で、人生に絶望する自分を迎えに来たのだと。…死ぬという方法で。
お兄さんの浮世離れした雰囲気や笑顔を見ていたら、本当にそんな気がしてきた。
メリッサは言った。
「ねえ死神さん。あなたの名前、何ていうの?」
「死神さん?名前?」
お兄さんは碧眼の目を少し見開いて、メリッサに聞き返した。
「あなたにお世話になるのに、あなたの名前を知らないなんておかしいでしょ。ねえ、名前は何ていうの?」
その言葉にお兄さんは2回パチパチと瞬きをして私を見つめると、これをクラスメイトの女子達が見たら発狂するだろうなと思う程柔らかい微笑みを浮かべ、こう言った。
「俺はケント」
「ケント…?…死神っぽくない名前。」




