怪しい騎士
何とも言えない経験を経て、私達はクウェンから歩いて二十分くらいの場所にある隣村、サーミ村へとやって来た。
都市部ではないというのもあるのだろうが、こちらの村も全てが雪に包まれた小規模な村で、先程の体験もあってかどこか言葉にできない不気味さを感じる。
「……んで。ここまで来たのはいいけどよ、さっきメリッサを送ってくれたあの人は一体どこにいんだよ?」
「……そう、だよね。隣の村にいるって教えて貰ってここまで来たけど、どこにいるのか分かんないよね」
せめてあの子に、セシリアさんはどこにいる事が多いのかとか、そもそもゲルマン教のシスターはどのような事を仕事としているかなど、そういった事を聞いておけばもっと早く見つける事ができたかもしれないと、小さく後悔する。
「それとさっきの村もそうだったけど、不自然に静かだよね。単に静かなんじゃなくて、言ってはいけない何かを頑張って隠そうとしている感じが……」
ケントが次の言葉を紡ごうとした次の瞬間、家々が立ち並ぶ場所の裏手から「うわああああっ!やめてっ!やめてくれ!」という悲痛な叫びが聞こえてきて、心臓が大きく跳ね上がる。
「!?」
まさかまた危険生物の出現だろうか?それならここでじっとしている暇はない、そう思って声がした方向へ向かおうとした次の瞬間、向かいにあった家々の裏手からも「きゃあああ!誰か!誰か!」という声がして、二か所に危険生物が現れたのかと察する。
「二か所から!?これはどうやって……」
「アデルとナディアは向かいの方へ急いで。俺とメリッサはこっちの裏手へ向かうから、急いで!」
ケントが声がした方向へ向かうと、私もそれに後れをとらないようついていき、袋から刀を取り出してすぐに臨戦態勢に入れるようにした。
家と家の間の通路に入り、そこを抜けて声がした場所に辿り着いた私達は、二人で目を見開いた。
そこにいたのは危険生物でもなんでもなく、壁に背に身体を抱え込んだ男性を囲むように立っていた、白と青を基調としたコートを着た、三十代くらいの男性四人がいたからだ。
「あっ、あのっ!お金は来月の頭に二か月分の金額を必ず納めます!ですから……!」
「そうはいかないなぁ。聖獣様と法皇様は我慢を何よりも嫌う方なんだ。今すぐ金を納めることができなければ、いっそのことお前の身体を生贄として差し出すという選択肢しかないが、それでも良いな?」
「そっ、それは……!でもうちも、母が病気になった関係で治療費を払わなければ」
「ああうるさい!だったらお前と母親の肉を生贄として差し出せばいいだけだ!」
男が腰に掛けていた鞘から剣を抜くと、男性にめがけて剣を振り下ろし、男は命の終わりを悟って目を閉じた。
「……?」
けれども痛みも何も感じず、ゆっくりと目を開けるとそこには焦げ茶色の髪を纏めた少女が鞘から刀身を一部出し、男の攻撃を防いでいた。
「……はあっ!」
メリッサは力を込めて刀を押し出し、男の足元をよろつかせて体制を整えると、その勢いのまま鞘から刀を抜き、身構えた。
「何だお前、この辺じゃ見たことない顔だが、一人で俺達の相手をするつもりか?」
男たちが気味の悪い笑みを浮かべながらメリッサを眺め、自分達は負けないだろうという根拠のない自信に満ちた態度で剣を抜き取った。
「俺達はこのフィンマルクの、聖獣様に選ばれし神の騎士だ!さっきは少々面食らったが、お前みたいなひょろい女、俺達が聖獣様の生贄に、がへっ!!!???」
メリッサに意識を向けすぎて後方に意識を向けていなかった男のうちの一人が、頭にケントの強烈な蹴りを食らってその場に倒れ伏した。
「なっ!おいお前!何やって……」
続きの言葉を発する間もなく、次の瞬間にケントの蹴りを首に食らって顔がおかしな方向に曲がった男性も、焦点の定まらない目で倒れ込んだ。
「おい!こんな子ども相手に何手こずって……」
「どこ見てるの?」
意識を私の方に向けたその瞬間、私は男が剣を持っていた手に目がけて斬撃を入れると、間髪入れずもう一人の男にも同じように斬撃をお見舞いした。
「いっ……!」
それなりに深い傷を入れたため、死ぬことはなくても当分剣を握ることはできないため、手から滑り落ちた剣をケントが届かない場所まで蹴飛ばしてしまい、そうして今この場に残ったのはみっともない形相で気絶する男二人と、手から流れる血を抑えながら恐怖でしゃがみ込みながらも、せめてもの抵抗でこちらを睨む男二人だった。
「お前らの負けだよ。教えろ、ここでこの人に何をしようとしていたか」
メリッサは自分の背後で怯えながらこちらを見てくる男性をちらりと一瞥した。幸い大きな怪我はしていないようだったので、一旦は大丈夫だろう。
「何って……聖獣様と法皇様に捧げる金を集めていたんだ!」
「……金?」
「そうだ!この国における聖獣様と法皇様は、絶対にして神聖な存在!存在するだけで崇められる価値がある存在だ!そして俺達はその神聖な存在に選ばれた神のしもべ!神の騎士!あいつのような下民や虫けらから、聖獣様と法皇様へ毎月捧げる金や生贄を集めるのを役割としているんだ!」
……もしかして、さっきの村のあの子が言っていた騎士とは、こいつらのことを指しているのだろうか。
まだこの国が抱える事情はよく分かっていないけれど、少なくとも言っている事は不快極まりない。しかも誰がどう見たって非道極まりない事をしているのに、それをやたらと得意げに話しているのが、鳥肌が立ちそうだった。
「神聖な存在に身を捧げられるんだ!そんなもの光栄の極みだ!なのにあの男ときたら、そんな光栄な行為に恐怖を覚えるなど、死罪に値する!ええいお前ら二人共、邪魔だそこをどけ!」
そこまで言い切った所で、ケントが男の顔にサッカーボールを蹴るように真っ直ぐに蹴りを入れた。
男の鼻からは血が出て、目も腫れあがっていた。
「……言いたい事はそれだけか?満足か?」
ケントが言葉を発した瞬間、ぞわりと体温が下がった。地を這うような低い声に、汚物を見るような、冷気すら発しそうな冷ややかなその表情に、この人は本当に私の仲間なのかとすら疑った。
「な、何だ……気味が悪い、お前は一体……」
「お前」
ケントが男の襟元をぐいっと乱暴な手つきで掴み、謎の魔力によって吸い寄せられそうな自身の碧眼と目を合わせる。けれどもそれはその男を見ているのではなく、もっと別の何かをみているような、そんな不気味ささえ感じられた。
「聖獣様に生贄を捧げる必要があると言ったな?人間の肉を捧げる必要があると言ったな?」
「そ、そうだ……聖獣様の復活には、人間の肉が必要で……」
「……復活?」
ケントは目を細め、より目に冷たい色を帯びさせる。
「聖獣様に人間の肉たちを捧げれば、聖獣様は今世に蘇る……だからその肉を、俺達は探して教会に捧げているのだ……」
「……存在しない存在に、命を捧げていたのか?」
「そうだ、だからあそこにいる男は、金が納められないなら命を」
「もういい黙れ」
ケントはコートのポケットからバタフライナイフを取り出すと、それを男の喉に突き立てた。
「!!!」
声が一瞬出ず、男の喉元から血が噴水のように湧き上がった光景が瞳の奥にこびりついて離れず、思わず私の後ろでこの光景を見ていた男性に、後ろを向くよう促した。
「その目も鬱陶しいな……」
ケントはポケットからまた二本のバタフライナイフを取り出すと、その二本を今度は男の両目に突き立てた。身体に尖ったものを刺した時特有の、耳を覆いたくなる音がこちらまで届いて、ケントの顔が血で染まる。
男は最初声にならない声を発していたが、目に刃を突き立てられたその瞬間、その声も止まってしまった。
「そんなに生贄が欲しいのなら、お前が生贄になればいい。神の騎士なんだ、その肉体も聖なる力があるに違いない。お前らが信仰している、存在するかも怪しい神もきっと喜ぶ。綺麗だなぁ。その馬鹿みたいな忠誠心。綺麗で哀れで、まるでこんな最期を迎えるために設定された、壊れた人形みたいだ」
さっきの男の返り血を顔と身体に浴び、血に染まったケントがそう吐き捨てる姿は、この世の何よりも綺麗で、恐ろしかった。
「……ああ、肉体は多い方がいいな?」
ケントは残った意識のある男の方に目を向ける。まずい、このままじゃこの場にいる全員を殺しかねない。
私は男性にもう少しだけ反対方向を向いているよう促すと、そのままケントの方へ駆け出した。
「……お前も」
「ケント!!!」
私はケントのすぐ後ろに立つと、お腹の底から力を込めてケントの名前を呼ぶ。ケントは一瞬はっとしつつも、まだ若干虚ろさが残る目で私を見つめてきた。
「ケント……。これ以上、自分を傷つけないで」
私の言葉にケントはゆっくりと目に光を取り戻し、そのまま辛そうな表情をしながら顔を片手で覆い、私の身体に倒れ込んできた。
「わっ……!ケント!大丈夫!?」
「っ、今なら……!」
隙を見つけたのか、ケントに殺されそうになっていた男は倒れ伏した男たちを一斉に回収し、この場から逃げて行った。
「あっ!しまっ……!」
「大丈夫だ。自分で言うのもあれだけど、それなりの恐怖は植え付けておいたつもりだよ。それより……」
ケントは身体をまたふらつかせると、そのまま私を押し倒すように倒れ込んできた。幸い下にある雪がクッション代わりになってくれて、特に怪我はしなかったものの、民家の壁を背に私が脚を伸ばしながら座り、ケントがその上に被さるような体勢になった。
「……ケント、大丈夫?動けそう?」
「平気。怪我はしてないから」
「そっか、良かった。そしたらアデル達のところに……」
「待って」
ケントはそう呟くと、両腕を私の背中の方に回してきて、所謂ケントに抱き締められる体勢になった。
「ごめん……。もう少し、アデル達が戻るまででいい。このままで……」
「……」
今のケントの様子からして、さっきの姿はケントの本心ではなかったのかもしれない。怒りに心を支配された気持ちを考えると胸の奥を締め付けられた気持ちになって、私はうんと伝えた。
「……っ。メリッサ……」
私を抱き締める腕の力に力が強くなって、私の首元からケントの体温が伝わってきた。
「……ひゃっ!?」
ケントが突然、私の首に蛇が這うように唇を這わせてきて、全身に緩い電撃のようなものが走る。
「ね、ケント……ちょっと待って……」
「……」
私の言葉も気にせずケントはさらに身体を密着させてきて、私は焦りの気持ちで頭がいっぱいになる。
これはどうしたら……。
「おいお前ら!無事だったか!……って」
「メリッサ!ケント!だいじょう……」
「あ」
見る人によっては勘違いされそうな場面に、ある意味一番勘違いしそうな二人が、運が良いのか悪いのかやって来た。
「なっっっっっにやってんだよお前ら!!!」
アデルの怒号が辺りに響き、私は耳を覆いたかったがケントが身体を固定してしまっていたせいでできず、思わず鼓膜が破れるかと思った。




