知る覚悟
身体を張って危険生物達を倒したので、その分の報酬とか感謝の言葉とかが熱烈に欲しかった訳ではない。そんなものに対する関心は元々みんな薄い方だったし、それよりも住民の皆さんが無事でいてくれたという事がほっとした。
でもそれ以上に違和感を覚えた、目の前で起きた事とは百八十度違う対象に対する感謝の言葉。そしてそれに疑問を感じる事なく感謝の言葉を連ねていく住民の皆さん。
そんな光景に私達全員同じ気持ちを抱いたようで、全員で顔を見合わせる。
一通り祈りの言葉を捧げると住民達は皆それぞれの住まいや仕事に戻って行って、その次の瞬間には平穏な状態に戻っていたので、その切り替えの早さに驚いた。
「……ねえ、さっきのってさ」
「……やっぱりメリッサもそう思った?何か変だよね、あれ。言い方悪いけど」
「その聖獣様とやらがどんな姿なのかは知らねーけどさ。少なくとも獣なんて見た目はしてねーだろうが、俺達は」
「上半身が人間で、下半身が獣っていう可能性もあるかもよ?もしかしたらだけど」
「そうだとしても、まるで俺達の事なんて見えないみたいな感じだったけどな、さっきのは。」
戦闘の際に適当に置いてきたコーヒーを飲みながら、村の隅で住民達に聞こえない大きさで先程の感想を全員で述べる。
コーヒーの味自体は美味しかったものの、温かいうちに飲まなかったせいで冷めるを通り越して冷たくなっていて、ホットコーヒーではなくアイスコーヒーに変化してしまっていた。
「冷て……寒い場所で飲むアイスコーヒーほど、身体が違和感覚える飲み物はねぇよ」
「そうだね……。ねぇ、さっきの『聖獣様』なんだけどさ、この国で信仰されてるゲルマン教と関わりのあるものなのかな?」
私はさっきセシリアさんの口から出ていた、この国で信仰されているゲルマン教の事を思い出す。この国は宗教国家と言われているくらいには信仰が盛んな国だ。
その「聖獣様」がどのようなものなのかはまだ分からないが、この国の信仰の仕組みが分かれば、他にも何か分かるかもしれない。
「それじゃあ、誰か詳しい人に聞き込みだね」
「うん、そしたらこの村の教会に……」
行けば分かるんじゃないかな、という言葉を言おうとして思わず止めた。何せさっき変態僧侶の人に絡まれたばかりなので、今行ったら面倒な事にならないだろうか。
「あぁ……。メリッサは正直行きたくないでしょ」
「うん……ごめん」
「いやいや全然いいよ!正直この村、何か居心地悪いしちょっと不気味なオーラもあるし、思い切って隣の村まで移動しようよ!」
ナディアの提案により、私達はここから数kmほど離れた場所にある村を目指す事にした。
それなら日が暮れないうちに移動だと飲み干したコーヒーの紙コップを、近くにあったゴミ箱に捨てると、後ろから「あ、あの……」という声がした。
何だろうと思って振り返ると、そこには小さな男の子がもじもじとしながら立っていて、この子どこかで見たような?と記憶を巡らせた。
「ん?お前は……ああ!さっきの!」
どうやらこの子はさっきアデルが間一髪助けた子だったらしい。見た限り特に怪我はしていない様子だったので、怪我がないなら良かったと安心した。
男の子はどこか何か言いたげな様子だったので、全員でしゃがんで男の子と目線を合わせ、男の子の緊張を取り除く。
「あ、あの……。さっきは助けてくれてありがとう……お兄ちゃんお姉ちゃんたちのおかげで、家族も村のみんなも無事だったから」
おお、と素直に思った。何かどこか様子のおかしい感じの村だったので、正常な感覚と価値観をもった、それも小さな子がいたという事実に安心した。
「いえいえ。わざわざ伝えにここまで来てくれたの?優しいね君は」
ケントが男の子と目を合わせながら微笑み、男の子はもじもじとしながら顔を赤らめた。
ケントは敵や厄介な相手に対しては非情だし冷徹だが、この子のような素直な相手に対しては温厚で優しい。それでいて、その優しさが自分達に対して一番に向けられているという事実を、ケントが敵ではないという事実にも安心した。
「そっ、それでお兄ちゃんたち、隣の村に行くの?」
どうやらさっきの会話を一部聞いていたらしく、私達の次の目的地について聞いてきた。……どうしよう。いくら小さい子でも、この国の実情を知りたいから移動するなんて事、聞かれるのはさすがにまずかったかな。この子から何かされる事はなかったとしても、村の住民総出で襲われるなんて事はないだろうか。
「ゲルマン教について知りたかったら、多分隣の村にはセシリア様という方がいるはずだから、セシリア様から聞くのがいいよっ」
「えっ、セシリアさんを知ってるの?」
まさかの名前が登場した事に軽く驚くと、男の子はうんと肯定した後、さらに声を小さくしながら私達に伝える。さっきの変態僧侶が名前を知っていた事も踏まえると、さっきのセシリアさんは割と有名な人なのかもしれない。
「セシリア様はゲルマン教について誰よりも詳しいし、優しいし、知りたい事があれば何でも教えてくれると思うよっ」
この子なりに一生懸命伝えてくれているのだろう。話し方がたどたどしいのがとても可愛らしかった。
「教えてくれてありがとう。隣の村に行ったら探してみるね」
「うん……。それにね」
男の子の顔が少し曇り出したので、私達は顔を見合わせると男の子に近付き、ほぼ耳打ちに近い状態で話を聞く。
「何か最近、おかしいんだ。少し前までちょっと聖獣様に感謝するだけだったのに、最近は何でもかんでも聖獣様のおかげって。他にも僧侶の人や騎士の人まで偉そうになって……」
「……」
一生懸命私達に伝えるその様子から、どうやら何かしらの事情がある事を察した。
この国の実情や実態を知る為にも、私達は男の子にお礼を伝えると、隣の村へと移動を開始した。




