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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第4章 芸術の都・ケルンセン
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番外編④

 日曜日が明けて平日になり、学校が再開されてからも、俺は放課後リンドグルツさんと一緒に勉強した。

 何日も一緒に過ごしていれば以前よりかは気軽に会話ができるようになるのか、お互いプライベートな事を軽くだがするようになり、リンドグルツさんも少しだが自分の事を教えてくれた。

 

 きょうだいはいない一人っ子である事、読書が好きでスマホを見ているよりも本を読んでいる時間の方が長い事、菓子パンが好きで昼食は大抵菓子パンである事、以前カウンセリング室で見かけた目の隠れた男の子は、ノエルという一つ下の学年の生徒で、偶然ここにやって来た時に知り合って仲良くなった事、大学はどこの大学に進もうか悩んでいる事……など。

 「それじゃあ、そのノエル?って子とは付き合ってる訳じゃないんだ?」

 「ないない。ノエルも多分、先輩感のない人だと思ってるから」

 「先輩感がないって事は、話しやすいって思われてるんじゃない?それこそお姉ちゃんみたいに思ってるとか」

 「お姉ちゃん?……ふふっ、だったら面白いんだけどね」

 一瞬きょとんとした後、ふわりと笑うリンドグルツさん。一瞬幼い表情を浮かべたかと思ったら、今度は百合の花がふわりと咲くみたいに穏やかな笑顔を浮かべて、そのくるくると変わっていく顔に思わずどきりとした。


 緊張を紛らわそうと持ってきていた炭酸飲料のペットボトルのフタを開けたが、その時勢いよく中のジュースが飛び出て、リンドグルツさんのブレザーの袖に思いっきりかかってしまった。

 「……え」

 「わー!ごめん!マジでごめんリンドグルツさん!これ使って!何ならもうそれあげるから!」

 カバンの中から部活でいつも使用している白いタオルを取り出し、リンドグルツさんに渡す。リンドグルツさんは「えぇ……貰っていいのこれ……?」と訝しんでいる感じだったが、もうこれだけお世話になって迷惑もかけてるんだ。タオルの一枚貰うなり破るなり、自由に使って欲しい。そうしてリンドグルツさんの顔を直視して、心臓が一瞬止まった。

 

 今はリンドグルツさんの隣に座る形で勉強を見て貰っていて、最初のうちは勉強に集中しすぎて気付かなかったが、リンドグルツさんは結構……いや相当綺麗な顔立ちをしている。

 まず隣から見た時のフェイスラインがすごく綺麗だったし、フェイスラインの次にまつ毛もかなり長い。それでいて目もぱっちりとしていて鼻も鼻筋の通った整った形だったし、肌も白くて綺麗で、よく見れば毛穴も見つかるがよく見ないと分からないくらいには透き通った肌をしていた。

 年相応……にも見えるが年齢よりも上にも感じるし、でも下にも見える。自分は女子と比較的仲が良い方だが、それでも今まであまり見た事のない系統の顔立ちだったし、何というかいつまで見ていても飽きない不思議さも感じる顔立ちだった。


 「……えっと、どうしたの?」

 不審そうな顔をしたリンドグルツさんが、顔をこちらに向けながら困惑の気持ちを伝えてきて、慌てて目線を教科書に戻す。

 「ごっ、ごめん!まつ毛長そうだなーって、シャーペンの芯とかのせれそうだなーって思って!ごめん!」

 「まつ毛にシャーペンの芯?何か失敗したら目に刺さりそうだねそれ……」

 適当についた嘘だったが、リンドグルツさんはそれで納得してくれたみたいだった。前々から思っていたが、リンドグルツさんは真面目なのだが真面目すぎるというか、何でマジレスしてしまう所がある。

 それが良い所でもあるんだろうけど、何というか世渡り下手というか、いい子なんだけどちょっと失敗しやすそうな感じがした。


 教科書に目を通していると、ある話が目に入ってきた。

 それは前回の貴族家の対立の話で、結局後継者は当主が指名した政治家の方になった。当主の息子の方はまだ幼かった上に政治に関する知識も実務経験もなかった為、当主はもちろん民の大多数も政治家の方を選んだ。

 けれど理不尽なのは、その後だ。当主の息子は後継者に選ばれなかった後、何と実の母親によって捨てられたのだ。捨てられたといっても森のど真ん中に捨てられたとか、家から追い出されたとかそういったものではなく、修道院に預けられるという形だったが。

 「……これは」

 「……お母さんが、自分の思い通りにならなかったから捨てたんだろうね。この時代は、子どもは親の所有物みたいな考え方があったし、権力争いが常にあって、恋とか愛とか関係ない貴族にとって、権力者になれなかった子どもは必要なかったんじゃないかな」

 冷静かつ淡々と分析するリンドグルツさんの顔は、どこか浮かないものだった。


 「……でも俺は、親は絶対に子どもを捨てないと思うけどな」

 「え?」

 綺麗事かもしれない。でも本心から思っている事だった。何せ、そのお手本とも言うべき例を俺は一番身近で見てきてるから。

 ヘンリーの母親は、どれだけしんどい状況にいてもヘンリーの事を大切に想ってるし、その為に毎日いろんな地下街の仕事をこなしながらヘンリーの事を食べさせているし、それでいてヘンリーの成長を喜んでいる。

 きっとその当主の妻、捨てられた子の母親は、心根の部分がねじ曲がってるんだ。


 「だからさ、子どもを捨てる親なんて、みんないなくなって良いと思うよ。俺は」

 「……っ」

 しまった、勉強から脱線しすぎたな。そろそろ勉強に集中しないと。テストまでもうあまり時間がないし、ここでもうひと頑張りしないとリンドグルツさんがこれまで俺の為についやしてくれた時間が無駄になる。

 そうして机の上に広げられた教科書とテキストに目線をもう一度向き直し、勉強に集中する。

 だけど今度は勉強に集中するあまり、リンドグルツさんが教科書に目線を向けるように下を向きながら身体を震わせていた事に、俺は気付く事ができなかった。


 そうして瞬く間にテストは終了して、運命のテスト返却の日。

 恐る恐るレオン先生に渡された答案用紙を見ると、そこには赤いペンで大きく「八十二」と書かれていた。

 思わず「えっ!?」と声を上げ、いつもは淡々とテスト返却をしていくレオン先生も、「何をしたのかは分からないが、よく頑張ったな」というお褒めの言葉を俺にかけてくれた。

 は!?お前が八十二!?さっきチラッとクラス内の順位見たけど、お前クラス二位だぞ、お前が歴史のでクラス二位になる世界線が存在すんのかよー!という揶揄いの言葉を全て受け流して、俺は前の方の席に座っていたリンドグルツさんを一瞥した。

 相変わらずテストの点数に一喜一憂する様子はなく、いつも通りの落ち着いた様子で、クラスの喧騒の中過ごす彼女にまた一瞬どきりとした。

 

 放課後になってみんなが続々と帰って行く中、俺はリンドグルツさんに声を掛けた。

 「リンドグルツさん!見て!俺歴史のテストで八十二点だった!リンドグルツさんが教えてくれたおかげだよこれ!ほんとにありがとう!」

 答案用紙を見せながらハイテンションでそう自慢する俺は、まるで小学校のテストで初めて百点満点を取って、母親に自慢する時みたいな感覚を思い出した。するとリンドグルツさんは俺の顔と答案用紙を見た後、口角を上げながら「そっか、頑張ったね。ボストン君」と返してきた。

 

 その姿を見て、一瞬胸がズキンと痛んだ。彼女の顔が、笑顔ではあるけどどこかしんどそうな笑顔だったからだ。

 そのまま彼女はリュックを背負って、ばいばいと教室を出て行った。

 笑顔だったのに、どこか悲しそうだった。それでいてふとしたきっかけでどこかに消えてしまいそうな、透明な儚さすら感じた。

 若干の後悔を感じながら三年生に進級し、彼女とまた同じクラスになっても、軽く交流は続いた。けれども距離はほとんど縮まらないままで、そんな四月のある日を境に、リンドグルツさんは学校に来なくなった。


 最初は体調不良による欠席だと思った。でも一週間二週間と経っても学校に来る気配はなく、それにはさすがに落ち着かなかった。

 けど、その理由については何となくだが予想ができていた。

 日曜日、たまたま部活が休みだった日に地下街へ行くと、やっぱりそこでリンドグルツさんを見かけた。金髪の、えらく綺麗な顔立ちをした少し年上くらいの男の人と一緒に。

 その人と話している時のリンドグルツさんの顔はやけにきらきらとしていて、第三者から見ても彼に興味がある事は確実だった。

 その人と何かあったのだろうか。学校に来れないのだとしても、せめて彼女の命だけは無事でいてほしかった。無事なら何でも良かった。

 でも同じ空間で一緒に勉強して、仲良くなれたと思ったのに、突然現れたあの綺麗な人にリンドグルツさんを奪われたのかもしれないと思うと、嫉妬の気持ちが湧いてきた。

 彼女の心の内側に触れたかったのに、彼女と物理的な距離すら縮めることすらできなかった。

 授業中に現実逃避するように窓から見上げた空に、俺のこの何とも言えない気持ちだけが消えていった。

 

 


 

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