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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第4章 芸術の都・ケルンセン
201/215

才能と孤独

 足元に転がってきた赤い宝石をそっと手に取る。宝石は私の顔を映し出して、宝石らしい透き通った色をしていたと同時に、まるでこの世のものではないような、人の醜い部分を集めて完成したような、そんな色合いもしていた。

 しばらく宝石を見つめていると、宝石は前と同じように赤い光を発した。

 「あ……」

 赤い光は私が立っている場所から北の方角を指していて、この指す方向がこれから進めば良い場所なのだろうかと思うと同時に、私はここから先の地理については全く詳しくないので、また後でアデル達に聞いておくこととした。

 そしてそう思ったと同時に、赤い宝石はぱりんと音を立てながら壊れた。……これまでにも何度か見た光景だし、得体の知れないものではあるけれど、綺麗なものが壊れる瞬間というのはどんなものでも儚い。


 それよりも、だ。

 イザベラが死んだ。それも自殺で。自殺現場である駅のホームには、この数分にも満たない間にたくさんの人だかりができていて、様子を確認しに行ける状況ではなかった。

 すると後ろから「おーい!メリッサー!」と私を呼ぶ声がしたので振り返ると、そこにはナディア達とセレーネが小走りでやって来ていた。

 「え、みんなどうして……。セレーネも、あの騒動の中でどうやって……」

 「ナディア達が私の事を隠してくれながら、ここまで連れてきてくれたんだよ。いきなり劇場を飛び出したりなんてしたら、心配にだってなるよ」

 どうやらセレーネ達は、私の事を心配してここまでやって来たらしい。抜け出した事がバレてしまったら、スタッフさん達や観客の人達は大騒ぎだろうな。

 「何があったんだよ?おまけに向こうは何か騒ぎになってみてぇだし……」

 「……」

 これまでに起きた事を頭の中で整理し、私はシャンデリア落下事件の犯人から向こうで起こっている事の詳細について伝えた。

 

 「……っ」

 「それは……そんな……」

 話を全て聞き終わり、その場にいた全員が絶句し、言葉を失っていた。特にセレーネはイザベラの心情とは裏腹に、イザベラの事を大切に思っていただろうから、尚更ショックだろう。

 ……言い方は悪いのかもしれないが、この世界には知らない方が良い事が数えきれない程あるのかもしれない。特に、セレーネのような目立つ立場にいる人であれば尚更。

 大きく深呼吸をして心も身体も落ち着けたその時、どこかで聞いたことのある声が後ろから響いた。


 「……シャンデリアの下敷きには結局ならなかったのね、死に損ないが」

 さっき落ち着けたはずの心も身体も再び瞬時に警戒態勢に入り、バッと振り返るとそこには燃えるような赤いロングヘア―に太った体型。セレーネの事務所の社長、アンナが立っていた。

 「……社長?シャンデリアってどういう……」

 「分からないの?やっぱり頭の悪い子。決まってるじゃない、あなたを殺す為に、あの女と組んだに決まってるじゃない」

 あの女、というのはイザベラの事だろう。衝撃的な告白に頭が一瞬真っ白になったが、今もその殺意がセレーネに向けられている事に全員気付き、アデルとナディアがセレーネの傍に立つ。

 「……どうしてこんな事をしたんですか?こんなの子どもでも分かる、立派な犯罪行為ですよ」

 「どうして?そんなの、この子がひたすら憎くて恨めしいからよ。それが分からないなんて馬鹿なんじゃない」

 「馬鹿はどっちですか。馬鹿なのはあなたの方でしょ」

 

 凍り付いた空気をまるで炎で溶かすように発せられたその一言に、えっ、と全員の視線が集まる。

 「セレーネはファンの人達だけじゃなくて、あなた達事務所の為にも努力して頑張ってきてくれたはずでしょう。その事に気付いていない訳がないでしょう。それなのにどうして……」

 「事務所を発展させるにはまだまだお金が足りないのよ。いいこと?組織を大きくさせるには多額の費用と力が必要なの。あなたはまだ子どもだからそれが分からないのだろうし、私に意見するなんてまだ早い」

 「子どもで一体何が悪いんですか」

 「はっ?」

 「一人の女の子を殺そうとするのが大人?自由を、意思を制限するのが大人?相手の気持ちを考えないで好き勝手に、やりたい放題するのが大人?目的の為なら、誰かの人生をめちゃくちゃにするのが大人?それが大人なんだったら、私はなりたくない。一生子どものままでいい。子どもっぽい考えだって馬鹿にされたっていい。あなたの事、心の底から軽蔑する」

 「なっ……!」

 私の言葉にアンナは顔を真っ赤にさせ、視線をセレーネへと向けると、「あんたなんて……!」と言いながら腕を振り上げた。


 「……!」

 セレーネは慌てて目を瞑って自衛の体勢になるが、手が振るわれる感覚はなかった。

 「……?」

 ゆっくりと目を開けるとそこには片手でアンナの腕を抑えるメリッサがいた。

 「……私の言葉にそんなに怒ったのに、いざ私に暴力を振るったって勝てないから、セレーネを狙ったんでしょ。……そうやって自分より弱い人をあえて選ぶところ、あなたの方が子どもみたい」

 そう言うとメリッサは腕を振り払うと同時に、アンナに対して平手打ちをお見舞いした。

 「……!」

 その場にいた全員が唖然とし、平手打ちされた勢いで地面に尻餅をついたアンナに視線が集まった。

 「あぁ、これ正当防衛だから。先に暴力を振るおうとしてきたのはそっちだから」

 以前の私だったらこんな状況に遭遇したらおろおろと慌てていたはずだが、こんなに冷静に判断を下し、冷静に仕返しができるようになった辺り、ケントやアデル達と似た感覚になってきているという訳だろうか。


 太った体型で尻餅をつくアンナは、着用している白いワンピースも相まって、まるで餅が転がっているみたいだった。

 これだけ酷い事を言って、酷い好意をしたのだから、罵倒なり暴言なり、どんな言葉が飛んでくるのだろうと気を張らせていたが、アンナは目に涙を浮かべながら私の事とセレーネの事を見つめてきた。

 「何よっ……私は歌手として全く成功できなかったのに、あなたは歌手としても、人としても成功して、ここまで身体を張ってくれる友達ができるなんて……不公平よ……」

 街のど真ん中だったが、あまり人通りのない場所だった事も関係し、この何とも言えない修羅場を見てくる人はいなかった。

 アンナは涙をぽろぽろと流しながら、自分の生い立ちについて話し出した。


 元々ケルンセンの下町の出身で、歌う事が好きだった関係で上京した事。学校では一番歌が上手で、周囲の様々な人から必ず成功すると言われ、自信と夢を持っていた事。けれども自分より才能のある人なんて自分以上にたくさんいて、自分なんて劇場では雑用をするしかなかった事。上京して一年もしない内に夢を諦めたのはもちろん、この事を知って激怒した両親に勘当され、学校で勉強したり、友達を作ったりする事も諦めたこと。劇場の雑用の仕事で食い繋ぎながら十年以上が経過していた事。上京当時はみんなから「可愛いね」と言われてきた容姿も、挫折と仕事の忙しさからくるストレスで過食に陥り、気が付いたら太った醜い容姿になっていた事。

 ……そして偶然、知人に頼まれて引き受けた芸能事務所の社長になって一か月後、たまたま訪れた田舎で、天性の才能と歌声を持つ少女と出会った事。

 

 「自分より才能も容姿も恵まれているくせにっ、友達にも人間関係にも恵まれるなんて、不公平よっ、不平等よっ、天才なんだから、みんなから崇められる存在なんだから、才能以外の部分では孤独で、ひとりぼっちでいてよっ」

 「……」

 才能とは人を孤独にする。誰が言っていたのかは忘れたが、そんな言葉を聞いた事がある。

 けれどもそれは、自分の才能に夢中で人間関係に関心のない人だから該当するのかもしれない。セレーネのように自分の才能や素質に自惚れず、努力と思いやりの気持ちをもって臨む人は、才能がより磨かれ、輝き、自然と人を集めてしまうのかもしれない。

 それが吉と出る事もあれば、今回の事件のように凶と出ることもある。


 才能とは、良くも悪くも人を狂わせてしまうんだな。私はその思いを、そっと心の奥にしまった。

 


 

 

 

 

 

 

 

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