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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第4章 芸術の都・ケルンセン
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人形なんかじゃない

 「この列車てさ、あとどれくらいの時間で目的地に到着するの?」

 ナディアが梅雨の時期の夕方時のような、このどんよりとした空気感を変えるために、できるだけナチュラルな口調で尋ねる。

 「もうそろそろ到着するんじゃねぇか?体感時間はだいぶ早かったけど、時間自体は結構経過してるはずだぜ」

 さっきまでシリアスな表情で見守っていたアデルもそう答えたことで、陰鬱で非現実的な時間が流れていた車内が、現実の時間へと戻されていく。

 「……メーちゃん。みんな」

 顔が見えないくらいに俯いて表情を確認することができなかったセレーネがゆっくりと口を開き、その場にいた全員の視線がセレーネに集められる。セレーネは顔を上げると、やや泣き腫らして赤くなりながらも、凛として毅然とした表情と口調で話し始めた。


 「私、歌う、ステージにも立つ。歌姫としての役割を放棄するとかじゃなくて、私が歌いたい、私がステージに立ちたい」

 強い決意を込めたその声は、やや力んだためかいつもの話し声よりも少しだけ低く、普通は声を力ませると変な声になりがちだが、セレーネはその声すら美しく綺麗だった。

 「……よくいろんな人に、恋人ができたら恋人とファン、どちらの方が大切だって聞かれるの。それでどちらか片方しか助けられない時、あなたはどちらを選ぶかって聞かれるの」

 「……」

 芸能人にはよくある質問だろう。そこでもし恋人を選んでしまったら、ファンから大バッシングを受けて人気自体が大きく変わってしまうだろうし、ファンを選んだら選んだらで、「もう恋人は作りません」という遠回しな自己宣言になってしまう。どのみち本人にとってはある種の地獄みたいな質問だろう。

 

 「でも私は、どちらも選ぶ。どちらか片方だけだって言われても、絶対にどちらも選ぶ。だって、どちらも私の命より大切な存在だから。守りたい存在だから。質問をする側が、私の選択肢を奪わないで欲しい。選択肢を奪えると、私の思考や自由を支配できるだなんて思わないで欲しい。私はこの国の歌姫ではあるけれど、操り人形なんかじゃないから。みんなを幸せにしたいって考えてる、一人のにんげんだから」

 これまでこの子の意思や気持ちを支配してきたであろう、ここにはいない様々な人に対して、まるで呪詛を跳ね返す聖なる力みたいに静かな力の込められた言葉を、ゆっくりと重ねていく。

 「……メーちゃん。私、もう諦めたりなんてしない。折れたりなんてしないから。私が酷い姿になってもずっと見守ってくれて、本当にありがとう」

 私の目を真っ直ぐに見つめながら感謝の言葉を伝えるセレーネ。その姿はお世辞や冗談抜きで、女神だと言っていいくらいに美しく輝いていた。

 「だからメーちゃん。私の舞台、見ててくれない?今の私を、見ていて欲しい」

 「えっ」

 セレーネのまさかの言葉に思わず焦る。


 「おい何だよその反応は……そこはうん分かった、でいいだろうが……」

 「え、いや……。私たち、前の公演みたいにチケットとか持ってないのに、見ててもいいのかなって……」

 「そこ今気にするんだ……」

 私の「何で今その状況でそんなことを気にするんだよ」という疑問に突っ込むアデルとナディア。そしてその状況にふふっと笑みを零すケントとセレーネ。完全にいつもの空気が戻って来た。

 顔色も調子も元通りになったセレーネに安心し、私たちはやや凄惨さを残しつつも平穏を取り戻した列車で、残り少ない旅を楽しんだ。


 初めての場所に興奮する子どもみたいに外の風景を楽しむセレーネとナディアを、通路を挟んだ隣の座席から見守っていると、ぽんぽんと肩を叩かれる。そこにはやや気まずそうな表情をしたアデルがいて、どうしたんだろうという気持ちと共にアデルの方に身体を向けると、アデルは耳打ちでこっそりと話し出した。


 「あのさ、この落ち着いた空気でこんなことは言い辛いんだけどさ……」

 「?」

 「歌姫の恋人のあのマネージャー……一体何やってんだ?こんな状況になってんのに」

 「!!!!!」

 忘れていた。いや忘れてはいなかったけれど、セレーネの命すら危なかったこの状況で、そんなことを考える余裕がなかったし、何より恋人であるセレーネと恐らく一度も会っていないであろうその態度に激しく燃え上がる怒りを感じた。そしてその怒りは臨界点を突破してしまったせいで、私の脳内からすっぱ抜けてしまっていた。

 

 「ん?どうしたの?」

 私の無駄に大きいリアクションに反応し、向かいに座っていたケントが座席越しにひょっこりと顔だけ出してくる。隣の座席にも伝わっていたようで、ナディアとセレーネもこちらを見てくる。

 慌てて「外の景色を見ていたら四葉のクローバーを発見した」という絶対にできないであろう嘘をつき、「えーっ!すごいねメーちゃん!」と星が見えそうなくらいキラキラした表情を向けてくるセレーネに、罪悪感を感じながらも誤魔化すことに成功した。

 

 全部落ち着いたら、セレーネには申し訳ないけど一発殴ってやりたい……。怒りの気持ちを何とかコントロールしながら、列車は目的地へと進んで行く。

 

 

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