あなたと一緒に Side:セレーネ
「えっ」
ジャンさんの瞳に動揺の色が走る。けれど同時に顔を桃のようにほんのりとピンクに染め、少しだけ喜びの感情が見えたのを、私は見逃さなかった。
「私、ずっとずっと怖かったし寂しかったの。小さい頃から憧れていた職業に就くことができて嬉しかったし、この業界がもの凄く大変なことくらい分かってたから、覚悟してた。でも、それでもやっぱり辛かったし苦しかった。私が歌っても歌わなくても、私を都合の良いように利用しようとしてくる人たちばかりで、私こんな人たちのこんな最悪なことに振り回されて仕事をしていかなきゃならないのかなって、ずっと思ってた」
短い時間の間にあったことと、過去に体験した苦い思い出が混ざり合って、口から勢いの止まらない滝みたいに本音が溢れてくる。
「でも、あなただけは違ったんだよ」
目を数回瞬きさせ、瞳の中に今世界で一番愛おしい人をしっかりと映し出す。
「私が田舎から上京したばかりの、藁人形みたいに野暮ったくて暗い雰囲気だった頃からずっと優しくしてくれて、私の体調だけじゃなくて、心の心配もいつもしてくれて、私の仕事が決まれば自分のことのように喜んでくれて、私の世間での価値が大きく変わっても、その態度を全く崩さない。歌姫としての私じゃない、ありのままの私をずっと見つめてくれるあなたが好き。愛してる」
まだ成人もしていない、大人から見れば小娘でしかない私がこんな風に愛の告白をするなんて、きっと恋愛小説家や恋多き貴婦人が見ればただの子どもの遊び程度にしか感じないだろう。それも、生まれて全くと言って良い程恋愛経験のない私がそんなことを主張するのだから尚更だ。
でも、それでも。世間からどれだけ笑われてもいい、蔑まれてもいい、酷い言葉で中傷しようといい、この気持ちだけは絶対に捨てたくない。
もしこの想いを捨てて生きて行けと周囲に強制されるのなら、私は迷わずナイフで首を掻き切って死ぬ道を選ぶ。
自分でも相当イカれていると分かっているが、それでもこれだけは譲れないし、譲りたくなかった。
「……」
私の告白を聞いて、ジャンさんはずっと下を向いていた。
……どうしよう。私、自分の気持ちばかり主張して、ジャンさんの意見や気持ちを何一つ聞いていなかった。
ジャンさんは責任感が強くて真面目な人だ。だからここまで私の面倒を見てくれたのかもしれないし、私の気持ちに寄り添ってくれたのかもしれない。
世界から音が消えてしまったのかと思う程無言と無音が続いたため、私は少しでも反応を確かめようと声を掛けてみることにした。
「あの、えっと……」
「……内緒、だよ?」
そう呟くと、ジャンさんはこれだけ寒い場所にそこそこの時間いたのに温かい両手で、私の顔をまるで赤ん坊に触れるみたいに優しく包み込み、私と目をゆっくりと合わせた。
「君は、これからもっと売れていくに違いない。だからその分、恋愛に対する視線はより厳しくなってくるし、我慢を強いられることも増えてくると思う」
「……」
何を言ってるんだろう……と疑問の色を隠せない私に、ジャンさんは柔らかく微笑みかける。
「何間抜けな顔してるの。……僕も好きだよ、セレーネ。どうか、君が幸せになるための手助けを、僕にさせて欲しい」
「……!ジャン……!」
胸の奥に朝日が昇って来るみたいに温かい気持ちでいっぱいになって、その温かさが全身に広がっていく。
愛する人と一緒に生きて行けるって、こんなにも幸せなことなんだ。
それから私は、ジャンの予想通り、人気が急上昇していき、忙しい時は徹夜で仕事をしなければならないほど忙しくなった。
実家に帰ろうと思ってもその度に仕事が新しく入って来るので、何年も実家に帰省できない日々が続いた。
おまけに、業界の権力者が私を怪しい会合に誘ってきたり、ほぼ金で買うと言っているのと同義のプロポーズをされたり、酷い時には強引に襲って来ようとしたりする時もあったけれど、全部乗り越えたし、何より大切な人が何があっても私を待ってくれているという事実が、私を絶対的な安心感を持たせてくれた。
何年か経過して、私が「ケルンセンの歌姫」なんて呼び名で呼ばれるようになって、何だか神格化されたような扱いを受けるようになっても、私たちの関係性だけは変わらなかった。
そんな日々の中でも、私はある願いをもつようになっていた。
「友達……できないかな」
久しぶりの空き時間、街を歩きながらそう呟く。
何せ、仕事に精一杯で友達を作る余裕がなく、その関係で一緒に遊べる人がいない。
ジャンと一緒に過ごしたくても、ジャンも仕事で忙しいし、あまり我儘ばかりは言えない。
どうしようかな……と適当なことを考えていると、後ろから「あっ!あれ、セレーネじゃないか!?」と声が聞こえた。
えっ、まさか見つかったの?想定外の事態に反射的に逃げ、とりあえず入った裏路地で、私より少し背の高いくらいの女の子とぶつかってしまった。
「わっ……!ご、ごめんなさい!」
女の子は尻餅をつき、焦げ茶色の髪をポニーテールにしていて、この辺ではあまり見かけない格好をしていたけれど、一瞬で目を惹いてしまうような魅力的な容姿をしていた。
「あ、えっと……」
この状況に慌てる私に、女の子は心配そうに声を掛けてくれた。
「あの……大丈夫ですか?何かあれば、話聞きますけど……」
メーちゃん。思い返したら、私たち結構ドラマチックな出会い方をしてたんだね。




