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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第4章 芸術の都・ケルンセン
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私の価値 Side:セレーネ

 公演を終え、早くジャンさんに会いたかった私は、舞台袖へと移動すると転ばないよう裾を持ちながら小走りで移動していた。こんなに豪華かつ綺麗な衣装で走るなんて、状況は違うけれどお伽噺の王子様から逃げるお姫様みたいだと思った。

 ジャンさんは確か、劇場の外で私の帰りを待ってくれているはずだ。先に着替えた方が良いのだろうけれど、それよりも先にジャンさんに会いたかった。会って、私に前を向く勇気を、歌手としての自信をくれてありがとうと早く伝えたかった。

 ジャンさんは、私の歌う姿を見てくれていただろうか。ジャンさんの気持ちも幸せにできていたのならもっと幸せだ。そう思いながら走っていた時だった。


 「おぉ!あなたはセレーネさん!」

 後ろから声を掛けられ、誰かと思って振り向いたその瞬間、全身に悪寒が走った。

 「先程の公演観ましたぞ、とても素晴らしい歌声をお持ちで」

 「……」

 声を掛けてきたのは、私をオーディションの時に歌声も聴こうとせず、私を田舎者だという理由で不合格にしたあの太った貴族の男性だったからだ。

 どうしてこの人がここに?まあ、音楽関係の方であれば、劇場裏への出入りも自由なのかもしれないけれど。……それでもこの人、あの時私を理不尽な理由で不合格にしてきたのに、このタイミングで一体どうして声を掛けてきたの?


 「まるで森の中の澄んだ水のような、女神の歌声のような美しい歌声……音楽業界のトップである私にも分かりましたよ、あなたはまさしく天才だと!」

 どこか芝居がかったような、それでいて鼻につくような話し方に思わずムッとし、私は何年か前の話ですが、あなたにその女神の歌声を聴く前に落とされた田舎者です、と心の中で毒づいた。というかこの人、オーディションで会った時よりも、私は髪の毛も伸びたし、身長も少し伸びてはいるけれど、私のことを覚えているのだろうか?

 男性の話に一応耳を傾けつつ、頭の中ではこの人に対する愚痴と、早くジャンさんに会いたいという気持ちしかなかった。この状況、どうやって切り抜けようか。そう考え始めた時、男性が私に数歩近付いてきて、私は一瞬「?」となった。


 「いやはやそれにしても、この澄んだ空のような美しい水色の髪に、可憐な顔立ち……神はあなたにこのような容姿まで与えてくださったとは」

 話が急に私の歌の話から、私の外見に対する話に切り替わった。そしてその瞬間、男性の声の温度も色も、一気にねっとりとした気味の悪いものへと変化して、私の頭のてっぺんから爪先に至るまで、全身の毛穴がぞわわっと逆立つのを感じ、警戒心が最大限まで高まる。

 「……あなたに私の子種を注げば、きっと美しく音楽の才能あふれる子が産まれるのだろうなぁ」

 男は私の髪の毛に遠慮なく触れてきて、その瞬間、あぁ、この人は私に興味があるんじゃない、私のこの歌声と、たまたまもっていた若さにしか関心がないのだと。


 「っ!私、人を待たせているので、失礼します!」

 男性の手を振り切り、私はさっきの走りとは比べ物にならない速さで走り出した。

 気持ち悪い。気持ち悪い。この業界の偉い人にとって、私の存在なんて棚の上に飾られているお人形さんみたいに都合の良いものなの?下積み次第の理不尽さも辛かったけど、人気が出たら、こんな風に私の権利なんて無視した、法に触れない侮辱行為を耐えなきゃいけないの?

 そう思いながら出口が見えてきて、やっとジャンさんに会える……と思った次の瞬間、セレーネさん!と声を掛けられる。

 

 「……?」

 けどそれは女性の声で、すぐにジャンさんではないと分かり、一瞬落胆の気持ちに襲われる。

 さっきまで全力で走ったのに加え、公演で体力をほとんど使い切ってしまったので、ぜぇぜぇと息切れが止まらなかった。

 視線を声のした方へと向けると、そこには劇場のスタッフとして働いていた頃私をいじめていた……あの女性歌手たちがいた。

 「さっきのステージ素敵でした!どうしてあんなに上手に歌えるんですかぁ?」

 「私にもそのコツ教えてくださいよぉ!」

 「あっ!あんただけずるい!私にも!」

 「……」

 ……私の目の前にいるこの人たちは、本当に私をいじめていた人たちなの?私に対する態度はさることながら、話し方が分かりやすいくらいの猫なで声で、私を立てる台詞と甘えるような口調とは裏腹に、瞳の奥には「どうしてあんたなんかが脚光を浴びてるの」という、嫉妬の炎で包まれていた。

 

 ……あぁ、分かった。この人たち、私の「歌姫」としての価値にしか興味がないんだ。

 私の歌声に、女王蜂に群がる蜂みたいに寄ってたかって、利益や利用価値だけもぎ取ろうとしていく。

 だからそこに、私自身の気持ちも、思いも、意思もどうでもいいんだ。利用できるだけ利用できたら、私のことなんてあっさり捨てる。私は、子どもが人形を遊ぶだけ遊んで、ちょっと壊れてきたら捨てるのと同じような、いやきっと、人形以下の存在だ。

 

 女性たちの声を全て無視して、私は劇場出口の近くにある物置にやって来ていた。

 この物置、あまり人も来ないし静かなので、よくここでご飯を食べたり、辛いことがあったら一人で泣きに来ていたものだ。

 せっかく貸してもらったドレスが汚れることも気にしないで、私は体育座りになって顔を埋めていた。

 私が歌えば、私を利用しようとする人が現れる。でも歌わなかったら歌わなかったで、故郷の送り出してくれた家族にも申し訳ないし、事務所の人にも怒られる。

 

 「……どうしよう」

 聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いたその時、頭の上から声が降ってきた。


 「セレーネ!?こんな所でどうしたの!?」

 ジャンさんが、心配そうな表情でそこにいた。

 「大丈夫!?と、とりあえず、こんな所にいたら風邪ひいちゃうよ、とりあえずこれを……」

 そう言いながらジャンさんは、私に来ていた上着を羽織らせてくれた。その瞬間、私の自制心とか理性とか、そんなものが硝子玉がぱりんと割れるみたいに壊れた。


 「……好き」

 「へ?」

 「ううん、愛してる。あなたのために歌い続けたいって思えるくらいに、あなたのために歌えないのなら死んでもいいってくらい、愛してる」


 ジャンさんが羽織らせてくれた上着から香るジャンさんの匂いが、私に麻薬みたいな強い力でに纏わりついきて、さっき感じた気持ち悪さは、魔法みたいに全て消えていた。

 

 

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