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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第4章 芸術の都・ケルンセン
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逃げないと、諦めないと決めた日 Side:セレーネ

 マネージャー。芸能人らしい響きに動揺すると同時に、自分よりも少し年上の異性という、あまり関わる機会のない存在に思わず緊張する。

 私だって、異性と関わる機会が全くなかった訳ではない。実家にいた頃は父親と楽しく会話をしていたし、父親の知人である農家のおじさん、学校の同級生の男子ともよく会話はしていた。

 

 でも、「少し年上の異性」というのが完全に会うのが初めてで、そのせいか何を話せば良いのか分からず、しどろもどろな態度になる。

 社長は私たちにお互いに挨拶をするよう適当に言い捨てると、どこかへと去って行った。

 「あ……えっと……」

 何を話せば良いのか分からなかったし、最近体型を維持するために極端な食事制限を行っていて、そのせいかとにかく頭が回らない。どうしようと頭の中がぐるぐると周り始めた時、マネージャーの……ジャンさんの方から「ねぇ!ちょっと!」と話し掛けられた。

 この人も、事務所の人たちと同じで私に結果ばかりを求めてくるのかな。そんな思いに支配された私に掛けられたのは、意外な言葉だった。


 「君、顔色がすごく悪いじゃないか!それにこんなに痩せて……体調とか悪いの?」

 えっ、と思って顔を上げると、そこには心配そうな表情のジャンさんがいた。

 第一印象は野暮ったい感じだったけど、よく見るとなかなか可愛らしい顔立ちをしていて、案外私と同い年ですと言っても遜色なさそうだった。

 「大丈夫?どこかに座る?何か食べれそうだったら何か食べて……」

 心配の言葉を次々と私に掛けてくるジャンさん。その言葉の一つ一つが、私の心の傷に沁みない傷薬みたいに入り込んで、音を立てることなく癒えていく。

 

 「……っ」

 気が付いたら、私は葡萄一粒くらいの大粒の涙を流しながら、ぼろぼろと泣いていた。

 「えっ!えええっ!?どどどどうしたの!?僕何か嫌なこと……!?」

 私の泣き顔を見て焦りまくるジャンさん。それから私たちは人気の少ない場所に移動し、私はこれまでにあったことを全て話した。

 歌手を目指して家族と離れてここまでやって来たこと、事務所からは理不尽な要求ばかりで、クリアしてもまた次の要求が待っていること、劇場の人たちからいじめを受けていること、業界の人からまともに実力を見て貰えないこと……。

 「そっか……。それは嫌だったし、悲しかったよね」

 裏路地でお互い横並びに体育座りで座り、私にハンカチを渡しながら優しい言葉を掛けるジャンさん。

 「うん……。私、何のために上京したのかな?」

 真っ赤に腫れた目を何度か瞬きさせながら、思わず本音を漏らす。

 

 「ねぇ、セレーネ……さんはさ、どうして歌手を目指そうと思ったの?」

 ……どうして。小さい頃から歌うことが大好きで、私が歌うとみんな幸せそうな表情をすること。そんな表情を、もっとたくさんの人にしてもらいたい。

 全く崇高でもかっこよくもない理由だけど、ありのままに伝えた。

 「へぇ!君が笑うとみんな幸せそうな表情をするんだね!ねぇ、良かったら歌ってるところを聴いてみたいな」

 そう言われて、私は最近耳で聴いて覚えた、教会の聖歌を軽く口ずさんだ。

 

 するとジャンさんが驚いた表情をしているのはもちろん、裏路地付近には老若男女のギャラリー十人程がジャンさんと同じような表情で私の様子を見守っていて、何故か猫の親子(捨て猫だろうか?)が私にすり寄ってきていた。

 「すっっっっっごいよ君……絶対君には、音楽の才能があるよ!」

 キラキラと目を輝かせながら、そう褒めてくれるジャンさん。

 「え、でも……。みんな私のことを才能ないって……」

 「それはごく一部の人の意見だよ。現にこうして、大勢の人が感動してるのに。ごく一部の極端な意見で、君の実力を卑下するのなんて駄目だし、もったいないよ」

 ごく一部の意見。確かにそうかもしれない。

 

 「ねぇ、もしセレーネさんが嫌じゃなければさ、こうやって街中で歌ってみたらどうかな?」

 街中で歌う……。所謂、路上コンサートというもののことか。過去に村のど真ん中で歌っていた時期もあったし、人気の多い場所で歌うのは特別恥ずかしいことではない。むしろ歌うことが大好きなのだから、どんな場所でも歌わせて貰えるは嬉しい。でも……。

 「街中で歌うのって良いのかな?それに、社長が許してくれるかな……」

 これだ。これが一番怖かったのだ。

 「大丈夫だよ、もし何かあっても、絶対僕が説得する。僕は君の、マネージャーなんだから」

 凛とした口調と自信のある表情で話す。僕は君のマネージャーなんだから。自分は親でも兄弟でもないと断言したことと同義なのに、その言葉の心強さと口調の頼もしさに、一瞬でこの人に信頼を寄せると同時に、胸が優しく痛んだ。

 「それに、この国は芸術の国だよ。身分とか生まれとかじゃない、どれだけ人を感動させて、楽しませられるかが大事なんだ。だから街中でどんな人が何をやっても責めたりしないんだよ」

 どれだけ感動させて、楽しませられるか。その言葉も、私の胸の奥に深く刻まれた。

 

 そして明日から早速、路上コンサートを行うようになった。

 絶対に逃げちゃ駄目だよセレーネ。だって、あなたが決めたんだから。あなたが、みんなを幸せにするって決めたんだから。


 

 

 

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