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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第4章 芸術の都・ケルンセン
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理不尽と現実 Side:セレーネ

 「まずは、一週間で体重を七キロ落としなさい」

 上京して初日、社長であるアンナさんの指示に従い、住まいに向かうよりも先に事務所へと向かった。そして事務所に到着してアンナさんは軽く挨拶を済ませた後、私にこの指示を出してきた。

 

 「え……っと、体重を、七キロ?」

 聞き間違いかと思い、もう一度確認を行う。芸能界という厳しい世界のことだから、食事制限や体重管理といったことは行うだろうと予想はしていた。

 でも、一週間で体重を七キロ?ということは、一日で一キロずつ落としていくってこと?

 「そうよ。分かったのなら無駄口を叩かないでさっさと痩せなさい」

 「……は、い……」

 社長の冷たい命令の仕方より、今の私はそんなに太っているだろうかという思いが頭の中を過った。

 一応身長は百五十センチで、体重は四十キロなのだけど……、これ以上痩せたら、栄養失調になったりしないだろうか?

 

 でも、歌手になると決めたからには、やり切るしかない。

 指示された期間はとにかく走ったり階段の昇り降りを繰り返して、お肉も野菜も、食べ物は何一つ口にしなくて、本当にまずいと思ったら水をコップ一杯飲んだ。その水ですら太るんじゃないかと思うと怖くて、飲んでしばらくすると吐くというのを繰り返した。

 おかげで体重を減らすことには成功したけれど、無茶な方法で痩せたせいで顔色は悪く唇の色も生気を失っていて、何だか怪奇小説に出てくる悪役みたいな風貌だと思った。

 住まいのアパートの一階にあるパン屋のおじいさんが、私の生活事情や状況も全て理解してくれていて、心配してチョコクロワッサンなどのパンをタダで私に分けてくれることがあったけど、体重のことを考えると怖くて食べられなかったし、同時におじいさんの善意も踏みにじってしまった感じがして余計に辛かった。

 さらに苦しかったのはこれだけではなかった。


 「きゃははっ!水色のごみ箱かと思ったら違ったみたい!」

 「……」

 劇場の廊下を歩いていた時、劇場の女性歌手たちから投げつけられた紙くずや果物の皮、飲み物などを同時に被り、水色のボブカットは一瞬で濡れ、体中にごみが付着する。

 上京してすぐ、劇場の雰囲気を知るためにと社長からの指示で劇場のアシスタントとして働くよう指示を受けたけれど、十二歳という幼い年齢かつ小柄で童顔、垢抜けない雰囲気のある私は、すぐに劇場の女性歌手たちのさっきのような嫌がらせのターゲットとなった。

 女性歌手業界は、学校でよく見る男子が女子をからかったりするいじめが優しく感じられてしまうくらいには陰湿かつ苛烈だった。

 実力主義かつ超競争世界なので、常に上へと登っていくこと、自分よりも弱いものを探すことに必死になっている。けれど同業者に嫌がらせをしてしまうとゴシップに抜かれかねないので、このように弱そうなアシスタントやスタッフを探して、ガス抜きという名の嫌がらせを行っている。

 

 私は一目で弱いと分かったのか、入って初日から嫌がらせのターゲットになった。

 さっきのようなものはもちろん、購入するのが無茶なものを買ってこいと要求される、歩いている時に足を引っ掛けられる、私物を隠される、仕事に集中している時に髪を切られるなど、どうしてそんな陰湿なやり方を思いつくんだとばかりに様々なことをされたので、表面の華やかさと裏の醜さに、頭の中が崩壊を起こしそうだった。


 そんな状況でもオーディションの話が月に一回ほど舞い込んでくるので、どのような内容でもすぐに受けさせてもらった。けど……。

 「あーあー。君は生まれが庶民だから駄目だよ」

 「え」

 オーディション会場に入ってすぐ、歌を歌う前にそう言われて、私の実力を見てもらうより前に不合格の知らせを受けた。

 審査員はぶくぶくと太った貴族風の男性だった。それから男性は音楽は貴族や上流階級など、身分の高い音楽の充実した教育を受けた者こそすばらしい表現ができる、君のような田舎者は音楽の基礎も何も知らない、むしろ音楽を穢す存在だから駄目だ、やはり音楽とは尊い身分の者しかやってはいけない、分かったら音楽など辞めるようにと、私の反応も気にしないでぺらぺらと自慢げに話した。しかもこれが、この一回のオーディションだけではなく毎回のようにあるのだから、さすがの私も自己嫌悪の気持ちに囚われそうだった。


 社長をはじめとした事務所のスタッフの人たちはみんな理不尽なくらいに厳しいし、劇場にいても一回り以上年上の女性歌手たちに嫌がらせを受け、たまに受けさせてもらうオーディションでも受ける前に、歌を歌う前に落とされてしまう。

 

 こんな生活、続けていて意味があるんだろうか?

 歌を歌う仕事をしたくて上京したのに、待っていたのは私でも明らかにおかしいと分かる、不条理な現実ばかりで。

 もしもあの時、社長のスカウトを断っていたら、私は今頃家族の手伝いをしながら、楽しく歌うことができていたのかな?

 —辞めてしまおうか、思い切って。そしたら何だか、楽になれるような気がする。

 そう思っていた十三歳、上京してちょうど一年が経った時のこと、私に大きな転機が訪れた。


 ある日社長に呼び出されて事務所に向かうと、私よりも少し年上くらいの、眼鏡をかけた少し野暮ったい男の子がいて、私を見つけると緊張しながら「あっ、あの!」と声を掛けてきた。


 「ぼっ、僕!ジャンっていいます!今日から君の、マネージャーになることになりました!」

 

 ジャン。私のマネージャーになってくれた人。そして、私に歌手として頑張っていくという勇気を教えてくれた、私の最愛の人。その人と、事務所という全くロマンティックではない場所で運命的に出逢った。

 

 

 

 


 

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