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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第4章 芸術の都・ケルンセン
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歌手になることを決めた日 Side:セレーネ

 ファンの人たちの間で、私が富裕層のお嬢様だとか、音楽の英才教育を受けてきたとか、そんなどこか盛ったような経歴の持ち主だと思われているけれど、実際は全然違う。


 本当は、ケルンセンの南部にある田舎の、梨農家の生まれ。だから音楽に関するレッスンをデビューするまで一度も受けたことがなかったし、歌手としてやっていこうというより、歌を歌いながら実家の仕事の手伝いをしていけたら良いって、そう思っていた。

 上京する前の私は、まず午前中は学校に行って勉強をして、正午に帰宅してお昼ご飯を食べたら梨収穫の手伝いをしたり、虫に齧られているものがないか確認を行ったり、近所に余った梨を配るといったことをしていた。

 

 そして一通りやることを終えて、午後三時になると休憩に入るのだけど、その時私は、農園の柵に座りながら歌うのが日課だった。

 歌は学校で先生から教えて貰った曲もあれば、お母さんから教えて貰った童謡まで、いろんな歌を歌っていて、私の歌声を聴いて近所の小さな子どもたちが楽しそうに踊り始めたり、ずっと泣いていた赤ちゃんが私の歌で泣き止んで笑顔になったり、近所に住む老夫婦がベンチに座りながら静かに聴き入ったりしていて、何より私の歌を聴いてくれる人が幸せそうにしてくれることが、どんなことよりも嬉しかった。

 

 だから私はこの村でずっと生きていくんだと思っていたし、そうしたいと思っていた。

 けれど、人生の転機というものは、思った以上に突然に、簡単に訪れるものだった。


 それは私が小学校卒業を控えた、十二歳頃のことだった。いつものように柵に座りながら歌を歌っていると、私の目の前に大きな影が落ちた。

 「ねぇあなた……。歌手になってみる気はない?」

 燃えるような赤いロングヘア―に白いワンピースとつば付きの帽子、そして何より、お伽噺に出てくる太った魔女みたいな肥満体が特徴的な女性だった。

 

 「え、えっと……歌手?」

 この辺りでは見かけない人の登場に、そしてその人に突然話し掛けられたという状況に、私の声は緊張の色を帯びる。

 「えぇ。歌声だけじゃなくて話す声まで美しいのね、あなたは」

 女性は淡々と伝えてくる。言葉自体は褒めてくれているはずなのに、何故かその声色にはそんな気配はなくて、むしろどこか蔑むような、憎むような雰囲気があって、私の緊張はさらに増した。

 

 でも歌手。一度はなってみたいと思っていた時期もあったけれど、学校の先生がそういった芸能界のお仕事は厳しいことばかりだと言っていたし、自分の好きなことをお金にするという生々しさに抵抗を感じていたし、実家の手伝いや村の人たちとの交流をやめるなんてことは考えられなかったし、何より目の前のこの女性が怪しすぎて、「はい、なります」なんて言えなかった。


 答えられずにいる私を見て、女性は「ご両親はどこにいるの?」と聞いてきたので、家の中へと案内した。

 そこで女性は自分がアンナという名前の、首都に拠点を構える音楽事務所の社長だということ、あなた方の娘さんは、今まで見たことのない、類を見ない音楽の才能と歌声をもっていること、歌手としてデビューすれば絶対に人気が出ること、彼女の活動を献身的にサポートしていくことなど、様々なことを両親に伝えた。

 これが、社長との出会いだった。


 両親は「セレーネの好きにしなさい」というスタンスだった。

 歌手。不安だし成功するかも分からないし、何より私は、劇場みたいな大きなステージに立った経験がない。

 だからもう断ってしまおうかと思っていたけど……。私の歌声を聴いた時のみんなの幸せそうな表情。あの表情をまた見ることができるのなら、一度挑戦してみても良いかもしれない。

 それに、嫌だったら辞めて、故郷に帰れば良いだけの話だ。

 

 そして私は小学校を卒業すると同時に、故郷を旅立ち、歌手になるために上京した。

 上京する日、両親はもちろん、村のあらゆる人が私のことを駅まで見送りに来てくれた。辛くなったらいつでも帰っておいで、自分たちはずっと待っているからと。

 首都に向かうまでの列車の中で、私はこれからどんな生活が待っているのか、次に村のみんなと会えるのはいつか、そんなことを考えながら、新生活に胸を弾ませた。


 そして初めてやって来た首都の華やかさに、私は目を輝かせた。

 街のあらゆるところから聴こえてくる楽器の音も、人々の楽しそうな様子も、私のことを歓迎してくれているみたいで、胸の中が幸せの色で満たされていく。

 やっぱり後悔しない道を選んで、歌手になるという道を選んで良かったと思った。

 

 ……その時までは。

 

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