お兄さんと過ごす週末②
「…ねぇ、メリッサはさ、この島から出てみたいとか思った事はないの?」
子供達とお兄さんと過ごしていると、唐突にこんな事を聞かれた。
「え?どういう事?」
「メリッサは賢いし、好奇心も旺盛だし、もしかしたら外の世界に関心があるんじゃないかなって思って」
突然出た話題に一瞬困惑する。確かに、外の世界には関心がある。
でも、そんな事は一生できない。
「興味はあるけど、出来ないよ」
「…出来ない?…気になる表現だな。どういう事?」
…アラクにいるのにこの島の事を知らないの?…本当によく分からない人だな。
「…着いてきて」
子供達にここを少し離れる事を伝えると、お兄さんをあの場所へ案内する事にした。
広場から10分くらい歩いた所にある、この地下街の片隅、小さな波止場が見える場所に到着した。
「…あ、もしかして、あの波止場から海へ出たら、外の世界に行けるの?」
「…そうだよ。…でも、よーく見てみて」
ん?とお兄さんが波止場をじっと見ると、何かを見つけたようだった。
「あっ、ねえ、あの波止場に立ってる軍人みたいな人って…。」
「…このアラクの海軍の軍人だね。あそこの警備をしてる。
…この国の人が、島から出て行かない為の。」
鎖国制度。
それがこのアラクが持つ、地下街と並ぶ闇の側面だ。この島の住人が島から出ていく事はもちろん、他国の人も入国させない。
しようとすれば、あの海軍にその場で死刑にされてしまう。
何でこんな制度を行っているのか、理由なんて全く分からない。私が小さい頃からこの制度はあって、小学生時代に気になってる先生に聞いてみた事はあったけど、先生からは「考えなくてもいい事よ」としか返ってこなかった。
この島は標高がかなり高い上、島は荒い岩に囲まれているので、地上から出る事は当然不可能だし、波止場に至ってはこの地下街しかないので、この島から出る方法は、ほぼ無いに等しい。
仮に出られたとしても、このアラク周辺は強烈な渦潮が発生しているので、その藻屑になるなり、どのみち島を出る=死、であると言ってしまっても良い。
技術や文化は発展していて、ある程度の家庭に生まれれば幸福な人生が保証されるが、それ以外の家庭に生まれた者や、島から出たいと考える者、そんな人にとっては地獄みたいな場所…それがこのアラクだ。
…自分の故郷ながら、なかなか闇深い国だと思う。
「…ふぅん。じゃあ、出たくても出られないんだね」
「…そう。だから出来ないんだよ」
「そっか…」
私だって、出られるんだったら出て、もっと広いはずの世界や、色んな人や価値観、文化を知ってみたい。
子供の頃から色んな本を読んできたけど、やっぱり自分の知らない事を知れるのは本当に楽しい。
でも…。こんな大人が何を考えて作ったのか知らない制度に阻止されて、悶々としている。
自分の理想と現実の事情が噛み合わなくて、溜め息が出てくる。
私は…。一体何がしたいの?
「…じゃあさ、もし、もしも、出られる時が来るなら。メリッサは出たい?」
お兄さんが少し低いトーンで聞いてきた。
「…もしも、でしょ?だったら…
私は、出たい。もっと知らない事を知りたい」
そう言うと、お兄さんは何故か満足そうな笑顔を浮かばせた。
「…うんっ。そっか。理想を待つのは良い事だよね」
「……」
「案内してくれてありがとうね。戻ろうか」
そう促されて、私は波止場のある方向を背中に向け、広場へと戻る事にした。
その時、スマホのメッセージアプリの通知音が鳴り、内容を確認する。
「……!」
その内容を見て、また忙しい事が降ってきたなと感じた。




