私、知らない
「……あの宝石、一体どこで手に入れたんだろう」
ケントと2人で買い出しのために街を歩きながら、ついさっきアデルが出した宝石の入手場所について疑問を持つ。
「メリッサ、忘れたの?アデルの元実家、お金持ちの貴族だよ」
ケントにそう言われてはっとした。
……そうだったそうだった。アデルはあんな感じだけど、仮にもお金持ちの貴族家の御曹司なんだった。
家族とか友達とか、人間関係にはあまり恵まれていなかった様子のアデルだけど、着るものとか食べるものとか、そういったものは一般人とは比にならないほどいいものを着たり食べたりしていたんだった。
その関係か、アデルは金銭感覚が少し……というかかなり狂っている。
前に街へ買い出しに出かけた際、水を購入するような調子で500万レイもする精霊関係の貴重な書籍を購入しようとして、完全な一般人の金銭感覚をもつ私とナディアに止められていたのを思い出した。
しかも私とナディアに止められた際の一言も「は?500万なんて普通だろ?」だ。狂っているにも程がある。普段から節約を心掛けている私にとっては、なかなか耐え難い価値観だったし、アデルのことは友達としては好きだけど、もし結婚するならアデルのような金銭感覚を持った人とはしたくないものだ。
「……そうだったね」
無難な返事をしておき、再び歩き続ける。
「「……」」
……どうしよう。気まずい。めちゃくちゃ気まずい。
本当のことを言うと、ケントとはあの森で半分事故とはいえ押し倒されてから、ほとんど会話がないし、何なら顔も真っ直ぐ見ていない。
あの時はいきなり突き飛ばしてしまった私にも非があるけど、それでもケントと向き合う以上に私の無駄なプライドとか、臆病な心とか、後ろめたい気持ちの方がどうしても勝ってしまって、その気持ちがこんなよそよそしい態度に繋がってしまっている。
……良くない。完全に良くないし、人の感情の機微に鋭いケントのことだ。私が複雑な心境でいることには気付いているだろうけど、それを追及したりしてこないのは、ケントの優しさか、それとも呆れなのか。
とにかくこの状況に耐えられなくて、一刻も早くケントと離れたかった私は、ケントにある提案をした。
「ねぇ、ケント。私たち別行動にしない?」
「別行動?」
私の提案に、顔を私の方に向けてくるケント。ケントの視線が私に集中する。
「ケントは紅茶の茶葉とか、飲み物関係を買ってきてよ。私は果物とか食べ物関係を買ってくるから。二人でいろんな場所を回るより、二手に分かれて必要なものを買ってきた方が、多分効率も良いでしょ?」
ケントと目も合わせず、所々震えた口調でそう言う。ああもう、これじゃ私が気まずいって感じてることがバレるじゃん。
「……確かにそうかもね。分かった、じゃあ買い出しが終わったら、この帽子屋の前で待ち合わせようか」
ケントはすぐ隣にあった帽子屋を指し示す。「分かった。それじゃあ後でね」と言い、私はケントと一旦別れ、果物屋を目指した。
「……緊張した~……」
果物屋へ入り、店内に広がる果物特有のすっきりとした甘い香りに思わず安心し、小さくそう声を漏らす。
……ケントはあの時のこととは全く関係ない。関係ないし、あの森でのことも、意図的なものではなくて単なる事故だ。
事故、事故、事故。そう何度も頭に言い聞かせるが、それでもあの時の状況とどうしても重なってしまう。
「……」
私はこうやって、自分の過去と現在の出来事を何でもかんでも繋げて、人と距離を置いたり逃げたりするのかな。
変わりたいって願ったくせに、結局それができないまま立ち止まり続ける。私は私という心の弱さと卑怯さに、思わず目眩がした。
「……果物、これでいいかな?好みが完全に分かんない……」
私は紙袋の中に入った林檎や梨、桃とといった果物の数々を見る。
とりあえず定番の食べやすそうなものを適当に購入したけど、果たしてこれで良いのか。
まぁ、一つや二つくらい食べられるものがあるかもしれない。そう思ってケントとの待ち合わせ場所に向かおうとした時だった。
「ねぇ、そこのあなた」
低さと鋭さの混じった声が目の前からして、思わず顔を上げると、そこにはオレンジのロングヘア―に濃い化粧、黒いワンピースを着た、いかにも気の強そうな女性がいた。
「あ……」
思い出した。この人、イザベラさんだ。セレーネの楽屋に遊びに行った時に会った人だ。
「ごきげんよう。あの時は挨拶ができていませんでしたわね。私はイザベラ。このケルンセンの歌姫よ」
うんまあ、知ってるんだけどね。そう思いつつ、私も自己紹介をしようと「こんにちは、私……」と言いかけて、イザベラに「あなたのことはどうでも良いの」と話を遮られた。
「あなた、さっき一緒に歩いていた方とはどういった関係なの?」
「さっき歩いていた……あっ、ケント?」
さっき一緒に歩いていたといえばケントしかいない。ケントとの関係を聞くって……この人何考えてるんだ?
「まあ、あの方はケントというのね。見た目だけでなく、名前まで気品に溢れていらっしゃるのね」
イザベラの表情が明るくなる。
「あの方、貴族や良家のご子息の方でしょう?あの美しい金髪に洗練された容姿……平民とは違って、私と同じ特別な選ばれた者しかない雰囲気があったわ」
しれっと私のことを馬鹿にされた……以上に、重要なことに私は気が付いた。
私、ケントのことを何も知らない。
もちろん、一人で大人数を相手に出来るくらい強いこととか、頭が良くて機転が利くところとか、こんな私にフォローをしてくれるくらい優しいところとかはもちろん知ってる。
でも、そんなケントが出来上がっていった過去とか、背景とか、家族のこととか。そんな感じのことは何一つ知らない。
過去に大変な経験をしていたというのはあの森で知ったけど、でもそれだけだ。
具体的なこととか、あとはケントの本心とか、子どもの頃に好きだったものとか、私や私たちのことをどう思ってるかも、何も、何一つ知らない。
あれ……?そういえば、ケントの苗字って、どこで生れたのかも私……。
「ねぇ、聞いていらっしゃるの?」
イザベラの強い口調とともに私は、突然前髪をイザベラに引っ張られた。
「えっ……!?」
突然の出来事に思わずイザベラの目を見ると、イザベラは顔を顰めた。
「……あなた、この前会った時から思っていたけど、本当に地味ね。華も洗練さもない。私のほうが美しいに決まってるのに、あの方はどうしてあなたが良いのかしら」
「……へっ?」
ぽかんとした私に、一瞬驚きの顔を見せるイザベラ。それと同時に、前髪を掴んでいた手を離した。
「まぁっ!あなた気付いていらっしゃらないの?あなたは頭まで美しくないのかしら」
目をぱちぱちと瞬きし、その言葉の意味が掴めない私に痺れを切らすイザベラ。
「まぁ、あの方はともかく、あなたにそういった気持ちがないのは分かったは。あの方と結婚すれば私は……」
そう言いながら、イザベラは街の人混みの中に消えていった。
……あぁ、この人、ケントの容姿に惹かれた人の一人か。それもケントが良家の出身だと判断して、結婚しようとか盛大なことを考えているらしい。
「……あっ」
しまった、ケントと待ち合わせをしてるんだった。急がないと。
このことは……別に大したことではなさそうだし、別に言わなくてもいいか。
けれども私は、私の知らないケントのことと、あの人から感じた言葉にできない妙な暗い空気感にもどかしさを感じたままだった。




