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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第4章 芸術の都・ケルンセン
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意外な来訪者

 「「えっ」」

 目の前にいる小太りの女性……もとい、セレーネの事務所の社長・アンナと声が重なる。

 私はこうして偶然社長と遭遇したことに対する純粋な驚きから発せられる「えっ」で、社長は「どうして一般人なら知らない筈のセレーネの自宅に、あんたがいるんだ」という気持ちの含まれた「えっ」だった。


 「あなたホテルで会った……どうしてこの場所を知ってるの」

 アンナが私を怪訝そうな表情で睨んでくる。まぁそうなるのも当然無理はないだろうが。

 「あーえっと……、ついこの間、あの子がこっそり教えてくれまして……」

 若干しどろもどろになりながらそう答える。

 ちなみにあの子とは、言うまでもなくセレーネのことだ。ここは人気はないとはいえ、思わぬ誰かが会話を聞いている可能性も高い。セレーネの自宅がバレたりしたら、それこそ大惨事に繋がりかねない。

 だからセレーネの名前は伏せておき、ここでは一旦「あの子」と呼ぶことにしておいた。


 「……あの子が?……ふぅん?友達なんて作る暇もないくらい忙しかったのに、いざ作ったのは随分地味な友達なのね」

 「……」

 ……あ、まただ。前回会った時といい、アンナからの私に対する印象は恐らく……というか確実に良くない。何せ視線といい接し方といい、隠す気がないくらいに刺々しい。

 ……でも、刺々しいのにどこか寂しい。言われている内容は思わず頭に来てしまうくらい酷いし理不尽なのに、不思議と憎悪や嫌悪感といった感情を感じない。

 完全な直感だから上手く言葉にすることもできないけれど、私がアラクにいた頃に感じた負の感情は、この人からは感じなかった。


 「それより、私はあの子に話があるの。そこを早くどいてちょうだい」

 アンナにそう言われてはっとし、私はすぐにアンナを部屋の中へ通す。

 どしんどしんと他人の家にお邪魔しているとは思えない乱暴な足つきでセレーネの部屋に入っていくアンナの後に続いて部屋の中に入ると、私はその次の瞬間に思わず悲鳴を上げそうになった。

 何せ、アンナがベッドに横になるセレーネに対し、殴りそうな勢いで平手打ちをしようとしたからだ。

 

 幸い、ケントがアンナの大きく振り上げた腕を手を出す直前で止め、ナディアがアンナの身体を抑えたことでセレーネに被害が及ぶことはなかったが、それでも目の前の狭い空間で起こる修羅場に、私は一瞬だけ気が動転した。

 

 「ちょっと何するの!離しなさい!」

 「離すわけないでしょ!もし離したら、あなた絶対セレーネさんに手出すじゃん!」

 太った成人女性を人形みたいな外見の少女(それも怪力の)と、金髪の美青年が止めるという、何とも言えない光景を、何とも言えない心境で見つめる。

 身体は抑えられているが、口は自由が利くので、アンナはセレーネに怒鳴り散らす勢いで様々なことを言い捨てていく。


 「セレーネ!あなた一体何を考えてるの!歌手という仕事は、聴く人に幸福と理想を与える仕事だって何度も言ってきたのに!それなのにあの地味なマネージャーと恋人関係?ふざけるんじゃないわよ!あなた男を見る目ないんじゃないの?あんな男と付き合っているだなんて世間にバレてしまった今、あなたの商品価値がどれだけ下がったと思ってるの!」

 その後も「やっぱりマネージャーは男性じゃなくて女性にすればよかった」とか「そもそもあなたに自由な時間を与えるのが間違いだった」など、一部理解できる部分もあるがやはり大半は理解できない一方的なことをどんどん吐き捨てていった。

 当のセレーネは、体調が優れないのと声が出ない関係で、顔をクッションに埋めながらベッドに丸まっているだけだった。

 

 「これから3日後に遠方でコンサートもあるのに、これじゃあ赤字じゃない!」

 「え!コンサート!?」

 思わず声が出てしまい、その場にいた全員の視線が私に集中する。

 「そうよ。これから3日後に遠方でコンサートがあるのよ。今更中止になんてできないし、中止になんてしたら、セレーネの評判も、売り上げも、世間体だって悪くなるでしょう」

 「でもセレーネは、今声が出ない状態なんです。そんな状態でどうやって公演を行うんですか?」

 「声が出ない?知らないわよそんなこと!私にどうにかできる話ではないでしょう!もう列車のチケットも取ってあるし、今事務所のスタッフは全員あなたの対処で追われているから、今回の公演はあなた一人で向かいなさい」

 

 そこまで聞いて、私は思わず絶句した。

 さっきまでこの人に感じていた若干の寂しさと繊細さは一体何だったんだろうと思わんばかりに、この人はセレーネのことを人ではない、商売道具だと扱っていた。

 しかも、こんな状態なのに公演を行うなんてその方がデメリットが大きいし、しかもこの騒動の中で一人で遠方に向かえなんて、一体何を考えているのか。

 

 「……目的地に到着さえすればいいんすよね?だったら、俺らが手配しますよ。誰にもバレない、ファーストクラスの列車」

 ぶっきらぼうな敬語でそう口を開いたのは、壁に腕を組みながらアンナを白けた表情で見つめるアデルだった。

 「ファーストクラスの列車なら、自分達以外の客はいないし、大勢の客がいる列車と比べればまだ、安全に向かえるはずだろ」

 「……でもそんな費用、どこにあるのよ。ファーストクラスの費用なんて洒落にならな」

 アンナの主張を聞き終わる前に、アデルは腰に付けたポーチから何かを取り出し、ぽいっとアンナの目の前の床に落とした。

 落としたのは、蒼や緑など、様々な色をした美しい宝石だった。ぶっきらぼうな少年から投げられた宝石に動揺するアンナを無視し、アデルは再び口を開く。


 「これを売ればファーストクラスの列車の費用くらい捻出できるだろ。あと、一人で向かわせるっていうのも心配だし、俺らも一緒に行っていいですよね?」

 「ふんっ……勝手にしなさい!」

 痺れを切らして部屋を出ていこうとするアンナに、アデルは「あっそう!じゃあ勝手にするわ!」とさっきまでの敬語を完全無視した口調でそう吐き捨てた。


 アンナが去り、静けさを取り戻した部屋に、少し呆然とする私。

 そんな私にナディアが、「メリッサ、ケントと買い出し行っといでよ」と呼びかけ、やっと平常心を取り戻した。

 

 

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