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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第4章 芸術の都・ケルンセン
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歌姫の元へ

 「おいメリッサ、あの歌姫の家の場所なんて分かるのかよ」

 私の後ろを着いて歩いて来るアデルが、怪訝な色の混じった口調でそう尋ねてくる。


 ……えぇ、実は知ってるんですよ。セレーネの、ケルンセンの歌姫の、この国の人が喉から手が出る程欲しい情報を、私は知っているんですよ。それもセレーネが自分から教えてくれたっていう。

 あの時セレーネは多分、単純に遊びに来てほしいという気持ちで私に住所の情報を教えたんだろうけど、まさかこんな状況で役に立つとは思わなかった。

 

 ……それにしても、さっきは気が動転して冷静な思考を失ってしまっていたけれど、どうしてセレーネの秘密がばれてしまったんだろう。

 まず、セレーネがそんな事情を抱えていたことを知っていても、何でそれをチクるなんていうことをしたんだろう。あの時のスタッフの人たちの反応からして、セレーネに悪意を持っていそうな人はいなかったし。

 ……そもそも、ケルンセンの人たちの反応もどうなんだろう。人が恋愛感情を抱くというのは至極当たり前のことだし、批判している人たちの中には絶対、セレーネと同じで誰かに恋愛感情を抱いたり、それが実って交際に繋がって、もちろん結婚に至ったという人だっているはずだ。

 私の国でもそうだったけれど、どうして芸能人の交際や結婚って、こんなにあれこれ言われやすいんだろう。普通の人の交際結婚とはどう違うんだろう。


 あれこれ考えながら歩いていると、街郊外から離れた階段を下りた、あまり人気のない場所に辿り着いたが……私はこの場所に見覚えがあった。

 この人気のない特徴的な空間、そしてどこかで体験した甘い香り……間違いない、ここは私がチョコクロワッサンを購入した場所だ。

 ……そしてさらに驚くことに、紙に記された住所は私がチョコクロワッサンを購入したあのパン屋さん、もっと正確に言えば、あのパン屋さんの二階を指していた。


 「(え……ここ、セレーネの家だったの?)」

 芸能人の住まいと言ったら、何かこう大きなお屋敷にプールがついてて、可愛いペットや広い庭、お手伝いさんみたいな、どこぞの貴族様みたいな生活を送っているイメージがあったが……。

 このパン屋さんの二階は、日の光が当たらなくて、見るからに狭そうで、あとこれはパン屋さんも巻き込んでしまうことになるが……結構ぼろい建物だった。私が住んでいた学生寮のほうが全然綺麗だと断言できるくらいにはぼろかった。

 ……それと、私がセレーネと初めて会った時に感じた違和感の正体が、若干だが分かったような気がする。

 セレーネと初めて会った時、セレーネはあの店主のおじいさんととても仲が良さそうだった。

 それも、単なる店主と常連客といった関係性ではなく、祖父と孫を思わせるような、一種の家族のような仲の良さだった。

 他人同士であんなに仲良くなるか……?と若干思ったものだが、今となってはその理由が少しだけだが分かる。

 あの二人は恐らく、家主と住人という関係性なんだ。それも単なる契約関係ではなく、一種の信頼で結ばれた。その信頼関係の内容までは、さすがに分からないが。


 「は……?ここがあの歌姫の家なのか?」

 アデルが周囲を警戒してか、私に近付いて耳打ちしながらそう聞いてくる。

 ……いやまぁ、私もここに来るのは初めてだから、もしかしたらはずれてしまうということもあるかもしれない。

 私たちは建物の左側にある階段を上り、セレーネの家の前までやって来た。

 セレーネの家の扉は鉄製の白い扉で、何だか昔母親と一緒に住んでいたアパートみたいな構造だなと思った。

 扉の横にあったベルを発見し、ちりんちりんと鳴らす。


 ……あ、ちょっと待って。こうやって家まで来たけど、セレーネが家にいない可能性も全然あり得るじゃん。場所知らないけど事務所の方にいるとか。ここまで来ていなかったら、この後どうやって行動しようか。

 様々な不安が頭の中でぐるぐると渦巻いていると、ドアがゆっくり小さく開いて、隙間から白くて細い腕が出てきた。

 「え……」

 手は入ってきて、というジェスチャーをしていて、これはセレーネが家にいるということだろう。

 私はほっと胸を撫で下ろした。


 小声で「お邪魔しまーす……」と言いながら部屋に入る。

 部屋はシンプルなワンルームで、外装とは違って内装は小綺麗かつ整頓されていた。

 その部屋の隅にある白いベッドに……絵本の中のお伽噺の、眠り姫みたいに横になるセレーネがいた。

 

 私はセレーネに会えた安心感からセレーネの元へ駆け寄り、しゃがんで目線をセレーネに合わせた。

 「セレーネ!」

 セレーネは私の声に気付くと、横向きになって壁に向けていた身体を私の方へと向け、ゆっくりと身体を起き上がらせた。

 セレーネは白いネグリジェにグレーのカーディガンを羽織っていて、顔色と表情はこの間までとはかけ離れているくらいに暗かった。

 

 セレーネは私とゆっくりと目を合わせると、私の目をじっと見ながら、不安そうな顔でゆっくりと手を動かした。

 手はセレーネ自身の唇を指した後、両手の人差し指でバツ印を作った。

 口……バツ印……。……セレーネ、もしかして……。


 「声が出ないの?セレーネ?」

 私のその問いかけに、セレーネはゆっくりと頷いた。

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