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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第4章 芸術の都・ケルンセン
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歌手の鏡

 「みなさーん!お菓子の差し入れです!良ければ頂いて下さい!」

 セレーネが先程まで歌っていたホールの舞台上で、公演後の片付けや掃除を行っていた劇場のスタッフたちに対して呼び掛ける。

 それとさすがは歌手と言うべきか、ものすごい声量である。クラスのやかましい男子より全然声量があるし、歌手として正しい発声法や腹式呼吸を身に付けているためか、聴いていて全然不快にならない大声だ。これだけの声量があれば、どうりで劇場の端っこまで声が届くわけだ。


 私とセレーネの両手には一体何キロあるのだろうと言わんばかりの紙袋が両手を塞いでおり、まさかこの量を自分一人で持っていくつもりだったのかと唖然とする。だったら私は、荷物持ちとしても着いて行って正解だったかもしれない。それなりに力はある方だし。

 

 「えっ!セレーネさん!?」

 「うおー!差し入れはありがてぇ!」

 劇場で各自作業を行っていたスタッフと思しき人たちが、一斉に舞台上へ顔を向け、ぞろぞろと舞台上へ移動してくる。

 舞台上は瞬く間に人で溢れていった。多分余裕で50人くらいはいるんじゃないだろうか。

 一つの舞台を作るのにこれだけの人が関わっていて、その一人ひとりがきっと信念や意思を持って仕事に取り組んでいるのだろうし、そんな真摯な姿勢に私は、いつか迎えるであろう就職の日のことを軽く思い浮かべた。

 何より、セレーネはそんな自分を支えてくれる人たちに大きな感謝の気持ちを抱いていて、仕事の大変さや重要性を理解しているから、こうやって差し入れにやって来ているのだろう。やっぱり人としてよくできた人だ。


 スタッフの人が持ってきてくれた机の上にはたくさんのお菓子や飲み物が並べられ、それをスタッフの人たちがおいしそうに頬張る様子は、何だかパーティーみたいだった。

 「アンドレさん久しぶり!もうすぐ赤ちゃんが産まれるんだよね?お仕事大変だと思うけど、いざという時は家のことを優先して大丈夫だからね!」

 「アリシアさん、もうすぐ息子さんが誕生日なんだよね?おめでとう~!」

 「あっ!あなたは新しく入ってきた子だよね?一緒にお仕事ができて嬉しい!これからよろしくね!」

 ……ん?ちょっと待って?私はあることが気になって、スタッフさんたちと会話をしていたセレーネに耳打ちで話し掛けた。


 「セレーネってもしかしてだけど、スタッフさんたちの細かい情報まで把握してる?」

 「え?うんまぁ、一人ひとりの名前とか、誕生日とか、趣味とか好きな食べ物とか。あと、軽い家族構成と、近況もざっくりとなら把握してるかな?」

 ……いや、把握してるかな?って軽いテンションで言ってるけど、普通スタッフさんのそんな細かい情報、そもそも全員の名前や存在を把握している時点で凄すぎる。私なんてクラスメイトの名前も全員覚えているかあやふやなのに、関わっている人のことをそこまで考えているなんて、この人は一体どこまで凄くて、でもって自分の凄さに気付いていないのか。

 

 公演後で疲れているはずなのに、自分よりも他の人のことを優先して動くセレーネ。

 ……私も何か、力になりたい!そう思って私は、自分の中の人見知りスイッチを頑張ってONにしないで、近くにいた人たちに声を掛けた。

 「あっあのっ!喉とか乾いてませんか!?飲みたいものがあれば、全然持ってきまっす!」

 ……緊張しすぎで最後が若干噛んでしまった。スタッフさんたちの視線が私に集まる。セレーネはそれを見て優しい微笑みを浮かべる。

 「ふふっ、この子はメリッサ。私はメーちゃんって呼んでるんだけど、最近仲良くなった、私の友達!すごく優しいから、きっとすぐ仲良くなれると思うよ」

 セレーネにフォローを入れてもらえるとは思っていなかったので、恥ずかしさで顔を赤くする。

 するとスタッフのみなさんは一瞬ぽかんとすると、すぐに表情を明るくさせ、私のことを優しい目で見てきた。


 「セレーネさんのお友達か!どうりで良い子そうな女の子だ!」

 「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ!」

 スタッフさんたちの優しい視線と明るい声に、ほっと胸を撫で下ろす。……良かった。私は他の国からの異邦人だし、受け入れられるか心配だったから。

 その後私はスタッフの皆さんに飲み物やお菓子を配ったり、「どうしてセレーネと仲良くなったのか」という質問に答えながら、その場を動き回っていた。

 ちまちまと動き回る私を見て、セレーネは私に聞こえないくらいの声量でぽつりと呟いた。



 「……やっぱり、あなたと友達になれて良かったな」

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