好意と悪意の中で過ごす歌姫
セレーネと私と、あとよく分からない青年の3人で、部屋に残される。
その時私は、会話に集中していた関係で気が付かなかったけれど、部屋の隅の方の机の上に、たくさんの紙袋や花束、ぬいぐるみや手紙などがあるのを発見した。
「セレーネ、あれは……?」
「あぁ、あれはね」
セレーネは説明し忘れていたといった感じの口調で話し始めた。
「私のファンのみなさんが贈って下さるプレゼントだよ。公演を終えて楽屋に戻ると、こうやって事前にファンのみなさんが贈って下さったプレゼントが置いてあるんだよね」
……ほぉ!ファンの方からの贈り物か!贈り物なんて、せいぜい誕生日の時にするイメージしかなかった私なので、こうやって常日頃から贈り物を受け取るというセレーネの立場に、何とも新鮮な印象を抱いた。
「贈り物って、例えばどんなものを貰うの?」
「いろいろだよ。化粧品とか装飾品とか、お菓子とかぬいぐるみとか。他にも、手紙とか手作りのものをいただくことも多いかな」
「なるほど……。じゃあセレーネは、毎日ファンの方から貰ったものに囲まれて生活してるんだね」
私がそう言うとセレーネは表情を曇らせ、悲しそうな表情になった。
「え、私何か嫌なこと……」
「こうやってたくさんのファンの方に贈り物をいただくんだけど、いただいたものは一つも使えないっていうか……贈り物は全部、廃棄されちゃうんだよね」
贈り物の山を見つめながら、ぽつりぽつりとそう呟くセレーネのその言葉に、思わず「え……。何で……」と小さな声が漏れた。
いや、本当に何でだ?だって、大切な人から贈ってもらったものはどんなものでも嬉しいし、日常の中で使えるものであれば積極的に使いたい。大切な人に対する愛情が強いセレーネなら尚更そのはずだし、何ならセレーネはそのことに対してどこか胸を痛めているようにも感じる。
「贈り物の中にはね、例えば毒物の入ったお菓子とか、ナイフの入った手紙とか、びりびりに破かれた衣装なんかが毎回混ざっていたりするんだよね。だからそんなものを手にしてしまったら、私が怪我をするかもしれないし、贈り物自体、何が仕込まれているか分からないから、どのみち全部処分するようにしてるの。私の事務所の方針でね」
……あぁ、そういった話なら、どこかで聞いたことがある。
芸能人というのは、大勢の人から好かれるだけのキラキラしただけの存在ではない。
人間なんだから好き嫌いはあるし、それが芸能人という、ある種の評価し放題な立場である職業なら尚更だ。
神の如く熱狂的に慕うファンもいれば、特に深い理由もなく、何となく嫌だという理由で嫌がらせに走ってしまう悪質な人もいる。
だからそういった人による嫌がらせに、芸能人が常日頃悩まされているという話は私も聞いたことはあるが……こうやって当事者と、現実と直面してみないと分からないことも多い。
あの贈り物の中にはきっと、純粋にセレーネを応援して贈ったであろうプレゼントがあるはずだ。
人の気持ちを大切にするセレーネのことだから、そんな人からの好意は温かく受け止めたいはずだ。
……けれども一部の、恐らく全体の一割にも満たないような人たちの悪意によって、そんな温かい気持ちは全て廃棄されてしまう。
事務所が事務所なりに考えてセレーネを守るために行っている方針なのだろうが、でもやっぱり虚しいというか、悲しい思いは残ったままだ。
「ファンの方の気持ちも分かるし、事務所が私のことを考えてくれてるのは分かるの。でも、やっぱりファンの方からの好意を受け取れないのは辛いね……。出来ることなら私は、悪質だって言われるファンの方の想いも全部、受け止めたいのに」
悲しそうな笑顔を浮かべながらそう語るセレーネ。……すごいな、セレーネ。普通誰かの悪意や嫌がらせなんて受けたくない、避けたい、無視したいところなのに、セレーネはそれを全部受け止めようとしているなんて、セレーネは歌の実力だけじゃなくて、歌手としての、芸能人としての心構えもできているらしい。
いや、器が大きい、という表現の方が合うのかもしれないが、ファンの気持ちをしっかりと考えるセレーネに、私は大きな敬意を抱いた。
「あっ!でもね!ファンの方の気持ちは、公演の度に伝わってくるから!贈り物だけが、ファンの皆さんの気持ちの全てじゃないっていうのは分かってるから!」
セレーネは話を少し切り替えると、ポジティブな考えを口にする。
「大丈夫。私は一人ぼっちなんかじゃないから」
セレーネのその一言には、言葉以上の何か深いものを感じた。
「そうだメーちゃん、私これからスタッフの皆さんに差し入れを渡しに行くんだけど……メーちゃんも良かったら一緒に行く?」
……ん?差し入れ?どういうことだろうか?でもとりあえず、悪い誘いではなさそうなので、うんと頷いておく。
……あとやっぱり、あの男の人誰なんだ?さっきから私とセレーネの会話にも入ってこないし。まさかセレーネに見えてないだけの幽霊とかじゃないよね?
くだらない思考を一瞬頭の中に巡らせ、私はセレーネの後ろを着いて行った。




