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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第4章 芸術の都・ケルンセン
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善意と悪意

 セレーネに促されるまま、私はセレーネの宿泊部屋へと入った。

 部屋は私の学生寮の自室3つ分くらいはありそうな広い部屋で、部屋の奥に人4人くらいは眠れそうな大きな白いベッド、中心部にふかふかそうなソファーが2つ、大理石でできた机と椅子があり、この光景が目に入ってきた瞬間、あぁこの部屋はスイートルームか何かの、私なら一生来る機会のない部屋だろうなと思った。


 どうすれば良いのか分からなくて、部屋の入り口付近で直立不動になっていると、先に部屋に入って荷物の整頓を行っていたセレーネに「遠慮しなくていいよメーちゃん!こっち座って!」とふかふかそうなソファーへ座るよう促される。

 ここでさらに遠慮する訳にもいかないしな……と思ってソファーまで歩き、ソファーの右端の方に座る。中央に座らなかったのは、遠慮の気持ちの現れだ。

 私が着席するのと同時にセレーネも荷物の整頓を終えたようで、私の座るソファーのちょうど向かいにある、大理石の机を挟んだ向かいのソファーに腰掛けた。

 未だに緊張で固まっている私を見て、セレーネは少し苦笑しながら私に優しく声を掛けてきた。


 「そんなに緊張しないでメーちゃん?確かにこの部屋は高いけど、今は私の家に遊びに来てるみたいな感じだと思えば良いから!」

 セレーネはこういった部屋に泊まり慣れているのか、大理石の机の上にさっきのパン屋さんで購入したチョコクロワッサンの入った紙袋を置き、幸せそうな表情でチョコクロワッサンを頬張っている。

 ……いやいや。あなたの家だと思うと尚更緊張するんですけど……。というかそうだ、それ以上に聞きたいことがあるんだ。


 「……あのさっき、友達って……」

 「んぇ?」

 口の中にパンを含んでいる関係で、何とも間抜けな返答になるセレーネに、一瞬苦笑しそうになる。

 「いや、私たち、お互いのことあんまり詳しく知らないですし、あなたも私みたいなのを友達にするのは……」

 私がたどたどしい口調でそう言うと、セレーネは眉毛を少しずつ下げ、翡翠の瞳に悲しそうな色を浮かべる。

 それを見た瞬間、私は急速に焦った。……しまった。この人を傷付けてしまうようなことを言ってしまっただろうか。

 どのような相手でも、わざと傷付けるような、無神経な言葉は向けたくない。それがこの人みたいな、純粋無垢な人なら尚更だ。

 どうやって説明しよう……と思っていると、先に口を開いたのはセレーネの方だった。

 

 「……ごめんね。私、対等に接してくれる人と久しぶりに会ったから。嬉しくてつい。あなたの事情や気持ちも考えずに、友達だなんて言ってごめんね?」

 放たれたのは謝罪の言葉だった。どういうことだろうか?むしろ謝るべきなのはこっちなのに。

 「……話せば長くなるんだけど、私、同年代の友達が全然できない環境で長い間過ごしてるから……。あなたみたいな人に出会えたのが嬉しくてつい」

 「あっ!いえその!違うんです!謝るのは私の方で!」

 思わず出てしまった大きな声に、セレーネはさっきま浮かべていた悲しげな表情から、軽い驚きの表情になる。

 

 「私、あなたに友達だって言ってもらえて、本当に嬉しかったんです。でも私は、同年代の同性の友達がなかなかできない日々を過ごしてきたので、同性の人と仲良くなる感覚が正直分からなくて。それで思わずあなたを突き放すみたいなことを言ってしまって、その……」

 

 そうだ。私は同年代の、同性の友達ができるという感覚がまだ分からない。

 ナディアと出会ってから少しはその感覚が分かるようにはなってきたけれど、それでもまだ分からないところも多いし、何よりナディアは底抜けに優しいので、だから仲良くなれたんだろうなという感じもする。

 

 というかもっと言えば……。私は善意を寄せられるという感覚が分からない。

 今まで誰かの悪意や欲望、憎悪や嫉妬といった感情に囲まれて過ごしてきたので、それが人間の本性で、もし優しい感情を寄せられることがあっても、それは猫を被っている状態なんじゃないかと思ってしまう。

 だからそんな他人の感情に敏感な私が、嘘偽りのない善意に、好意にたじろいでしまい、半ば突き放すような形になってしまった、全部私に非がある話だ。

 だからあなたは、そんな顔をしないで……。俯きながらそう思っていると、セレーネはそんな私の姿をじっと見つめ、ふふっと笑みを零すと私の隣に座ってきた。


 「……やっぱりあなたは。メーちゃんは優しい子だね。ありがとう、私の気持ちを考えてくれて」

 ……優しい?こんな捻くれてて、人に心を開かなくて、誰かの善意を素直に受け取れないような弱い私が?

 「ねぇメーちゃん。私、あなたと仲良くなりたいよ。あなたは旅をしてる関係でいつかここから離れるかもしれないけど……。それでも時間の許す限り、あなたと仲良くなりたいな」

 つい先ほどまで子どもみたいな明るい話し方だったのに、今は年上のお姉さんみたいな、優しくて穏やかな話し方で私の手を握ってくる。

 私みたいなのが良いの?……いや、違う。私みたいな人でも受け入れてくれるんだ。

 それなら私も……。


 「……あなたと仲良くなりたいな。セレーネ」

 ここで初めて、私はセレーネのことを真っ直ぐに見つめることができた。

 セレーネは私のこの言葉を聞くと、柔らかい微笑みを浮かべた。

 

 「……ところでメーちゃん。時間は大丈夫?仲間とかが待ってたりしない?」

 その言葉を聞いて、頭に電撃が走った。……これは、本当に急がないと主にアデルの怒りを買ってしまう。

 「急がないと!!!セレーネ!!!ありがとう!!!」

 慌てて準備を始めた私に、セレーネが「あっ!待って!」と呼び止める。セレーネの手には、4枚のチケットのようなものがあった。

 「私、明後日この街の劇場で公演を行うの!良かったら仲間と一緒に来て!」

 私はそのチケットを「ありがとう!」と言いながら受け取ると、慌ててセレーネの部屋を後にした。

 

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