日曜日の日課②
私はリュックからパンの入った紙袋を取り出してみんなに目線を合わせるように屈むと、6人のリーダー格である、ヘンリーに渡した。
「はい、今週はちょっといつもより少ないから、みんなで喧嘩にならないように分けてね」
「うおお!ありがとうメリッサ!」
「あれ!何かいつもと違うパンがある!」
「ああそれね。春限定のさくらあんぱん。」
少し得意げに言うと、みんなはえー!食べたい!とかでも1個しかないからジャンケンね!と盛り上がっている。相手が誰であれ、バイト先のパンを気に入ってもらえるのは嬉しい。
嬉しそうなみんなを見ていると突然ポニーテールを引っ張られ、何!?と思って振り返ると、この中では1番年下のアンナがいた。
「メリッサー、おにちゃんたちとばかといしょにいないれ、アンナともあそんでー!」
アンナもそうだが、この地下街の子供達は学校に通っていない…というか通えない。
経済的な事情もそうだし、何より地上に住む人々の地下街に住む人々への目線が本当に厳しい。
学校に通っていない為か、言葉が上手く紡げない、生活の中で身に付く教養もない、コミュニケーションを上手く取れない子が非常に多く、アンナもそうだった。だからさっきのように「声をかける」ではなく「髪を引っ張る」という行動に走ってしまっている。
「アンナ…。私は逃げたりとかはしないから。あと、私に何か伝えたい事があるなら、髪を引っ張るんじゃなくて、メリッサって名前を呼べば大丈夫だから。突然髪を引っ張られたら痛いし、びっくりするから。」
アンナの目を見ながらゆっくりと言うと、アンナは「ん!わかた!メリッサ、ごめんなさい」と返してきた。
「メリッサ、今日も勉強教えてくれる?」
そう声を掛けてきたのは、この6人の中では1番頭の良いアレンだ。
「あぁアレン。割り算が出来るようになったんだよね?じゃあ今日は、割り算の応用問題をやってみようか」
そう言うと私はリュックから算数のプリントを取り出した。
この地下街には、アレンのように勉強をしたいけど出来ない子もいて、アレンはこうやって私が教材を持ってくる事で勉強をしている。
他にも勉強をしたい子はいるかもしれないのに、全員の力になれないのがもどかしい。
「メリッサってさー、何で俺達と一緒にいるの?」
みんなと遊んだり、勉強をしたりしていると、ヘンリーが突然聞いてきた。
「何でって…別に深い理由はないけど」
「でも地上の奴らって、俺らの事嫌いなんだろ?だからメリッサみたいな奴初めてなんだよ」
俺らの事嫌い。その言葉は悲しいけれど実感する事があって、何せクラスメイトの男子達はよく「地下街がなくなって欲しい」的な会話をよくしている。
確かにここは治安も良くはないし、住人の中には犯罪に手を染めている者も多い。でも…。
「見た事も経験したこともないものを無差別に批判するなんて、そんなのただの、向き合うどころか見る事すら恐れてるだけな気がして」
…我ながらどんな解答だ。ヘンリーが「?」というような顔をしている。…そりゃそうなっちゃうよね。
「…ごめん、忘れて。でも、みんなといるのは楽しいから」
「…ふーん」
ヘンリーの頬が少し赤くなった。口は少し悪いけど、6人の中では1番年上だし、みんなを守ろうという気持ちがいつもヘンリーからは伝わってくる。
この反応も、それなりに嬉しいと思っているのだろう。
…こういう部分を見てくれる人が少しでも増えたら、差別や争いも減るのかな、なんて、子供みたいな事を考えてしまった。
「…あっ!今日も来てくれたんだ!」
ヘンリーが私の後ろを見ながら突然叫んだので、私は思わず振り返る。そして私は目を大きく見開いて、口を大きく開いて、我ながら間抜けな表情なってしまった。なんでって…。
「やっ、また会ったね。あの時のお嬢さん」
あの時のお兄さんが、そこにいた。




