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コンフロント・マイノリティ  作者: 珊瑚菜月
第3章 花の都・ロレーヌ
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……どうして? Side:カロリーヌ

 エドガーが来なくなってから、早くも一週間が経過した。

 朝早くに起床して、夜遅くまで仕事をして、その途中で同僚の男性達にこき使われたり、容姿の事を馬鹿にされたりといった、いつもと変わらない日常を、私は過ごしていた。


 ……いつもと変わらない。本当に変わらない筈だったのに。何だろう、この言葉にできない妙な寂しさと違和感は。

 この気持ちを感じて、しばらくしてからこの気持ちの正体に気が付いた。

 エドガーだ。エドガーが来なくなってから、胸の中が妙に寂しいのだ。

 自分から冷たい事を言ってエドガーの事を傷付けて、自分から突き放したのに、今更寂しいって思うなんて、つくづく私の心も醜い。

 「はぁ……」


 時刻は夕方。一週間前のこの時間帯なら、エドガーがリュカを追いかけながらこの牢獄に遊びに来ていた時間帯だ。

 少し前の私ならエドガーの事を鬱陶しい、早く帰って欲しいとすら思っていたのに、今はどんな理由でも良いから会いたい。

 心も顔も醜い私がそんな事を願うなんて、生きているうちにどこかで神様から罰を受けそうな願いだなと思っていると、牢獄にリュカがやって来た。


 「あれ?リュカ?どうしたの?」

 リュカはやけにせわしない様子で、牢獄の方に向かって吠えている。何だ何だと思っていると、そこには思いもよらない人物が立っていた。


 「カロリーヌ!良かった……!いた……!」

 血生臭い牢獄とは酷く不似合いな、綺麗な銀髪と意思を秘めた整った顔立ち。エドガーがそこに立っていた。

 「え……。な、何で……」

 「リュカが僕の所へ来て教えてくれたんだ。カロリーヌがここ最近ずっと元気がなさそうだって」

 ……なるほど。どうやら私を心配してくれたリュカがエドガーを連れてきてくれたらしい。エドガー本人の意思じゃなかったという事を知ると、私は心の中で少し落胆した。

 

 「……カロリーヌ」

 エドガーは覇気のない声で私の名前を呼ぶと、そのまま上半身を90度に曲げ、私に頭を下げてきた。

 「ごめん。謝ってもどうにもならないって分かってるけど、ごめん」

 「えっ……えっ……?」

 普通に混乱した。何でエドガーが、私に謝る必要があるんだろうか。

 「君の過去とか、過去に経験した辛い事とか、そんな事も知らずに君を傷付けるような事を言ってしまって。謝っても君の過去が消える訳じゃないけど、でも、それでも……」

 「……」

 「君の事を傷付けた事がどうしても許せなくて、ここずっとここに来れなかった、行く勇気がなかったけど、リュカが背中を押してくれて、ここまで来たんだ。迷惑だったかもしれないけど、それでも、僕の気持ちを伝えておきたくて」

 

 ……驚いた。エドガーが来たのは半分はリュカの後押しだったというのもあるけど、半分は本心だったんだ。

 エドガーの辛そうな表情を見ていると、少なくとも演技ではないんだろう。

 私の気持ちは塩の塊が水に溶けるみたいにゆっくりと溶けていって、気が付いたら私は「……大丈夫だよ」と言っていた。

 「あなたの……エドガーの気持ちは十分伝わったよ。確かに私の過去は消えないけど、でも、あなたがこうやってあなたなりに考えたその気持ちは、私に伝わったから」

 「……」

 私の言葉を聞いたエドガーの表情は、泣きそうになっていた。いや、若干泣いていた……が、エドガーが泣くまいと堪えている感じだったので、そういう事にしておいた。


 「ねえ、またここに来ても良い?」

 「うん」

 「リュカだけじゃなくて、君の事もちゃんと知りたい。僕に君の事を教えて貰ってもいい?」

 「うん」

 「君が理不尽な扱いを受けてるっていうなら、僕が絶対に守るから、だから自分を大事にして欲しい」

 「うん」

 「……16歳になったら結婚しても良い年齢だけど、




 16歳になったら、僕と結婚してくれる?」

 「うん……うん!?」


 最後の言葉に思わずうんと言いそうになった。危うく流れに巻き込まれるところだった。

 「結婚って……!何言ってるの……!冗談でも言っちゃ駄目だよ、そんなの……」

 「あっはは、この流れならはいって言うかなって」

 私を冗談で揶揄うエドガーの姿は、端正でほんの少しの鋭さを感じさせる外見とは裏腹に、年相応の無邪気さがあった。







 「……冗談じゃないんだけどな、さっきの言葉」

 カロリーヌに聞こえない小さな声でぽつりとそう呟いたエドガーの言葉は、牢獄の血と鉄の匂いの中に消えていった。

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