何で来たの Side:カロリーヌ
翌日。いつものように拷問の関係で血で汚れた牢獄を、雑巾を使ってゴシゴシと磨く。
時刻はもう夕方時だが、エドガーといった銀髪の男の子は未だに来ていない。
「(あの子、明日も来るって言ってたけど、多分その場限りの嘘だよね)」
昨日の心配はもうしなくて良いだろうと自分の中で完結させると、遠くの方から「……って、待ってー!」という声が、少しずつ大きくなりながら近付いてくる。
まさか……と思って入口の方を見ると、不安は的中。リュカと昨日の銀髪の男の子、エドガーがいた。
「やあカロリーヌ!2日連続で会えばリュカもある程度懐くかなと思ったけど、無理だった!だからやっぱり今日は一緒にいてよ!カロリーヌ!」
「……」
天真爛漫にそう話すエドガーの姿は、拷問で発生する血と鉄の匂いと、殺伐とした空気感で覆われた牢獄とは酷く不似合いで、そういえば今更ながら、何でこの子こんな場所にいるんだろう?
様々な思いが重なって何とも言えない表情になっていた私を、エドガーは隣に座るよう促してくる。
その後、エドガーはほぼ一方的にだが自分の事を教えてくれた。
歳は15歳の私と同い年で、父親がこのロレーヌの軍の上級将校で、自分も将来は軍に入隊したいと考えているので、見習いとして最近入隊したらしい。
軍の関係者はこの牢獄に出入りする事も多く、勉強も兼ねてここへやって来たところ、動物がたくさん飼われている事を知り、動物が大好きなエドガーはリュカと一緒に遊ぼうとしたところ逃げられてしまい、リュカの逃げた先にいた私と出会ったとのこと。
成程?だからその黒い妙な軍服を着てたのか。あと、父親が権力者だなんて、見た目だけじゃなくて生まれも勝ち組のお坊ちゃまみたいだ。確かに育ちの良さは出ているが、それと同時に私みたいな底辺の気持ちは絶対に理解できなさそうな、そんな少し世間知らずな感じもあった。
「リュカ~、大丈夫、怖くないよ~」
エドガーがリュカの頭を撫でようとするとリュカはそれを自然と避け、代わりに私の膝の上に乗ってきて、頭を撫でてと私のお腹にすり寄ってくる。
「うーん駄目かぁ……、カロリーヌは何でそんなに懐かれてるの?」
「私も最初の頃は警戒されてましたよ。でも交流するうちに少しずつ心を開いてくれた感じです」
「開いてくれるまでにどれくらいかかった?」
「さあ……1年くらい?私ここの生活が長いので」
「1年!?どうしよう、僕の心が持つかな……」
「……」
正直なところ、ここに来ないなら折れるなり諦めるなりどうにでもなって欲しかった。
エドガーは見た目は少し鋭い印象の美少年だが、話してみると性格は非常に明るく天真爛漫で、私の外見の事も気にしないで接してくる人懐っこさがあったし、さっき1年と言われてシュンとするするその姿は、どこかの大型犬みたいな感じがあった。
だからこそ嫌で怖かった。
こんなに恵まれたものをたくさん持っていて、私とは住む世界が全く違う人なんだから、そんな私の事なんて馬鹿にして、嘲笑って、ストレスの捌け口にでもすれば良いのに、何で私にもそんな風に優しく接してくるの。
私は生まれて生きて、死ぬまでずっと醜いままで、誰にも愛されずに、誰にも優しくされずに朽ちていくだけなのに、何で突然現れたこの子に心をこんなに乱されているの。
「……あの、すみません」
恐る恐る話し掛けた私に、エドガーは「ん?」と真っ直ぐ私の顔を見てくる。
「清掃の仕事がまだ残ってるので、程々に帰って頂けたら……」
「ああ!それなら僕がカロリーヌの上司の人に頼んで、この時間は休憩にしてもらうよう頼んだよ。カロリーヌ、ほとんど休憩なしで働いてるんでしょ?だったらこのくらい大丈夫だよ」
……なんって事してるんだ、この子は。上司に頼んでいるんだったら、これでは完全に逃げ場を塞がれたも同然だ。
「うーん……。リュカと遊べるようになるにはまだ時間がかかりそうだなぁ……。よしっ!今日はもう帰るけど、明日もまた来るよ!バイバイカロリーヌ!リュカ!」
私に手を振りながらエドガーは去っていった。
ああもう、こんな日が毎日続くの?
そう思うと私の心はさらに乱されて、何も考えたくなくて私はリュカの体毛にもふりと顔を埋めた。




