私が世界で一番苦手な存在 Side:カロリーヌ
「……」
この人は私とは初対面で、なおかつ今私の顔も真っ直ぐに見ているのに、嫌そうな反応一つせず、それどころか飾り気のない笑顔を浮かべながら私を見つめている。
「ねぇ、君の名前……」
「あっ、ご、ごめんなさい。カロリーヌ、です……」
自分の事をそんな風に見てくる人が初めてだったので反応に遅れてしまい、血で汚れた雑巾をぎゅっと握りしめながら自己紹介をする。
「カロリーヌか。清掃員に女の子がいる事は聞いてたけど、僕と同年代だったんだ。カロリーヌはここで働いて長いの?」
「あ、はい、まあ……」
目の前にいるエドガーという少年は、私の顔の事も気にしないで無邪気に話し掛けてくる。
正直、同年代の異性と真正面から話すのはほぼ10年ぶりだったので、目を合わせる事も躊躇ってしまい、質問をされても「まあ……」とか「はあ……」といった微妙な反応しかできない。
それに私は正直……。
同年代の異性。その中でも特に、顔立ちの整った美男がとりわけ苦手だった。
何せ、私と同年代の10代の男の子というのは、相手の反応も気にせず、相手の気持ちも考えず、ただ自分の快楽だけを求めて行動してしまうような、そんな理性のない行動ばかりしてしまう存在だ。
大人になってくるとさすがにやって良い事といけない事の区別はつくのか、一部してくる人はいるが、してこない人の方が多いので、大人に対しては特に苦手意識を持っていない……が。
私が清掃の仕事の上司に頼まれて町へ買い物へ出かける時も、男の子達は私に石を投げてきたり、泥水を思いっきり被せてきたり、髪の毛を引っ張ったりしてくる、そんな乱暴な子ばかりだと思っているし、それに加えて私は自分の醜い顔立ちもあったので、同年代の異性に優しくされた記憶なんて全くと言って良いほどない。
そんな乱暴な存在に、「美しい」という要素が加わればどうなるだろう。
美しい人というのは、生まれながらの勝ち組だ。
何もしなくても老若男女問わずちやほやされて、仕事でミスをするような事があっても蹴られたりしないし、食事を勝手に減らされるなんて事はないし、仕事を押し付けられたりするなんて事は絶対にない。むしろミスをしても笑って許されたり、食事はおいしいものを譲ってもらえて、仕事に至っては代わりにやってもらうなんて事すらあるだろう。
そんな人生が楽勝な存在は、必ずと言って良いほど私の事を見下して、蔑んで、生きる価値がないと思っているだろう。自分の存在を際立たせる、踏み台みたいに思っているだろう。
そして目の前には今、そんな私が最も苦手としている、それも私の苦手という苦手を凝縮したような美少年が、私が世界で一番苦手としている存在が立っている。
「その狼、カロリーヌにすごく懐いてるみたいだけど、どうやったらそんなに懐くの?僕動物が大好きなんだけど、何故か懐かれなくて」
「リュカは、警戒心がすごく強いです。初対面の相手にはどんな人だろうと懐かないです」
エドガーとは目を合わせないで、しゃがんでリュカの顔を見ながらリュカの頭を撫でる。リュカは嬉しそうにした。
エドガーには早く帰って欲しかったし、この事がばれたら何だか上司に怒られそうな気がした。その為追い返すつもりの少し冷たい言い方でエドガーの質問に返答する。
「えっ、そうなのかぁ……。うーん、それは少し寂しいなぁ……」
私の返答に少しショックを受けている。これなら今日はもう帰ってくれるかな?
「よしっ!じゃあ懐いてもらえるまで頑張って通う!それに、カロリーヌには懐いてるみたいだし、カロリーヌも一緒にいてよ!」
「……え?」
想像の斜め上をいくようなエドガーの決意に、私は思わず間抜けな声を出す。
「僕明日もここに来るから!それじゃあ!」
そう言いながらエドガーは牢獄を出ていった。
「……」
牢獄に残された私は呆気にとられ、そんな私を心配したのか、リュカはぺろぺろと顔を舐めてくる。
「あぁ、ごめんねリュカ。私は大丈夫だよ」
それでも心ここにあらずといった感じの私を、リュカはまだ心配そうに見つめてくる。
本当に明日も来るんだろうか。あの子。
まあでも、リュカと遊びたいだけなら、そんなに深く関わらなくても大丈夫かな?
適当にやり過ごすにはどうしようかと考えながら、私は牢獄の掃除を再開した。




