殺意と確信
私達を囲んだ男性達は、皆アルベールと同じ黒い軍服を着用していて、全員が剣や槍といった武器を持ち、卑しい笑いを浮かべながら私達を見つめている。中にはアルベールの事をちらちらと見て、指示を待っている人もいたので、恐らく彼らがこのロレーヌの軍の軍人達で、アルベールの部下なんだろう。
数は50……ううん、100人くらい?でも、ライプチヒのあの学校の講堂で戦った時以上に大人数である事は間違いなかった。
「……ここまでどうやって侵入した?この宮殿は部下達に門番をさせておいたはずだが……」
「空を飛んでここまで来た感じかな。この宮殿、確かに宮殿周辺の警備は固いかもだけど、空の方の警備はからっきしだったみたいだし」
ケントがここまでやって来た経緯を説明する。……いやまあ、合ってるっちゃ合ってるけど、初めて聞く人がこんな説明聞いたら絶対に信じないでしょ、その説明……。
私の予測は当たったのか、アルベールを除く全員が「は?」といった顔を浮かべている。
「……空の警備を怠っていた……か。確かに、そんな所から侵入者が来るのは予想していなかったかもしれん。俺の管理が甘かったな」
アルベールは手を顎に当てて考え込むようなポーズを取り、すぐに今起きている事態と照らし合わせながら分析する。
……おお。こんな現実性のない説明もすぐ理解して反省するとは、噂通りの聡明でリーダーの器を持った人なのは確かなんだろう。
……確かなんだろう。けど、私達は今そんな事を知りたいんじゃない。
「……何で、この国の女性達が生き辛い価値観や決まりを作ったの?」
この国の女性の価値観から最も外れた存在であるナディアが、そんな価値観を作った存在に疑問をぶつける。少し離れた場所に立っているアルベールにそう尋ねるその声にも表情にも、迷いや恨みといったものはなく、ただ純粋に、「知りたい」という気持ちしか感じなかった。
すると私は次の瞬間、全身の産毛が逆立って軽く吐き気がするような悪寒を感じた。理由は単純。
目の前でさっきまで凛とした姿勢を崩さなかったアルベールが、光のない冷酷な目で私達を睨んできたからだ。
いや、別にただ人に睨まれるくらいだったら痛くも痒くもないし、ほとんど何も感じないのだが……。
この人は違う。明らかに何かが違う。
同性であるケントやアデルにも敵対心を向けているのは確実だが、私やナディアに向けるのは、単なる殺意では済まない。
何十回、何百回殺しても気が済まなくて、遺体を切り刻んでそれを何度も突き刺して、それを全て火炙りにしたいという、私達女性を骨の髄まで殺したいという強烈な憎悪を感じたからだ。
ああ、間違いない。この人はナディアが苦しむ原因を作った人だ。
この数秒の間で痛いくらいに確信したし、この人を倒さない限りナディアはずっと苦しいままなんだろうと思った。
「……その女共は俺が殺す。手は出すな。そこの男2人はお前達が適当にやれ」
アルベールが冷たい口調でそう吐き捨てると、アルベールの部下達は「はっ!!!」とほぼ全員同時に叫んで、私達の事は目にも留めないで2人に襲い掛かった。
「ケントッ!アデル……!」
2人がいくら強いとはいえ、この大人数を相手にするのが心配で思わず背中を向けると、左腕の真横を鋭い何かが走って、私の腕から細長い血が制服のブレザー越しに流れた。
「この状況で余所見とは随分余裕だな……。俺はお前達を遠慮なく殺すつもりなのに」
アルベールが腰に装備していた鞘から細いレイピアを抜き、目の笑っていない笑みを浮かべる。
「……メリッサ、大丈夫?多分この人……冗談抜きで強いよ。だから絶対……
死なないでね」
ナディアはそう言うと背中に背負っていた箱から斧を取り出し、アルベールを真っ直ぐに見据える。
私もこの人を殺す気でかからないとこの人を倒せないのだと実感し、布から刀を取り出すと鞘から刀身を抜き、構えの姿勢を取った。




