いつもと違う姿
「……ふう、すっきりしたー」
ケントはいつもの白シャツと黒のスキニーに着替えると、川の水とナディアから借りた化粧落としを使って顔に施した化粧を落とした。
……やっぱすごいな、ケント。何がすごいって、さっきまでは完全に女性そのものだったのに、こうやって格好を変えただけで男性にもなれる。
何かこんな風に男性の顔と女性の顔を使い分けているトリックスターが出てくる小説を去年くらいに読んだような……?と思っていると、川の近くの草の上に腰を下ろしていたケントから「メリッサ、顔拭くタオルとか持ってない?」と言われたので、リュックから白いタオルを取り出すとケントに渡した。
……あ。ちょっと待って。このタオル確か、同じクラスのレイ・ボストンがとある出来事があった時に貸してくれたタオルで、洗濯して返すつもりだったのに未だに返せていなかった。我ながら何やってるんだろう。
同じクラスの男子が貸してくれたタオルを中性的な美男子が使用しているという、何とも奇妙な状況に少し後悔していると、ケントが直立不動になっていた私に声を掛けてきた。
「メリッサ、何そこで突っ立ってるの。座りなよ」
あまりにも突っ立ったまま動かなかった私の姿が少しおかしかったのか、苦笑しながらそう言い、自分が腰を下ろしていた場所の左隣をぽんぽんと軽く叩きながら座るよう促した。
とりあえず隣に座り、アデル達が待っているから急いだ方が良いんじゃないかと聞いた。
「大丈夫だよ。何かあれば、軽く危険生物と戦ってたからって言えば分かってくれる」
……なるほど?前から少し思っていたが、ケントは頭が良い為か、嘘をつくのも意外と上手い。自分が仮病もできないくらい下手すぎるだけかもしれないが。
もう少ししたら辿り着く首都の事について考えていると、私の右肩に少し重い何かが寄りかかってきた。
何かと思って顔を少し右に向けると、視界に月の光を束ねたみたいな金髪と、鼻を心地良く刺激する淡く甘い香りがあった。
ケントだ。ケントが何故か、私の肩に寄りかかってきたのだ。
何事かと思ってケントの表情を確認すると、目を細めて視線は下に向け、物憂げで神秘的で、でもどこか鬱陶しそうで少し疲れたような、いつものケントとは違う表情を浮かべていた。
「ケント……?どうしたの?」
「……別に。ただちょっと、疲れただけ」
そう話すケントもいつもと違ってあまり元気がない。
でも、疲れてしまうのは無理もないだろう。何せ、若い金髪の美人が大好きな初老の町長という、好みだけ聞いてもあまり良いイメージのない町長と面会したんだ。疲れるに決まってる。
「……俺が女みたいな外見してるのは、メリッサも知ってるでしょ」
「……へっ?う、うん……?」
突然自分の外見の話をされるとは思っていなかったので、反応に少しだけ遅れてしまった。
「こんな外見だから、小さい頃から変態の権力者とかにしょっちゅう言い寄られててさ。それも、俺が10歳いくかいかないかぐらいの時に、50代60代くらいのおっさんに。だから俺、女に間違えられるのはまだ許せても、俺をそういう目で見てくる奴の事は気持ち悪くてしょうがないんだよ」
「……」
……驚いた。というのも、ケントの過去をほんの一部だが今初めて知ったからだ。
この情報だけじゃ分からない事も多い。けど、10年近く昔の話を20歳になった今も気にするくらいには嫌だったんだろう。
「……その事、アデルとナディアには伝えてないよね?何で私に?」
そう。これが一番の疑問点。あまりにもデリケート過ぎる話は異性より同性の方が伝えやすいはずだし、それを抜きでも何で私だけに伝えてきたんだろう。
「……メリッサは、一緒にいると安心するから。だから今もこうやって心置きなくゆっくりできる」
そう言うとケントはさらに私の肩に寄りかかってきた。ここまで寄りかかられると少し重い。
……でも、素直に嬉しかった。それも、いつもは飄々としていて本心が分かりにくい仲間の気持ちを聞けたんだから。
「……ケントも、私にいろんな事を教えてくれてありがとう。これからしんどい事も多いと思うけど、私にできる事なら何でもするからね」
そう言うとケントは私の肩からゆっくりと身体を離すと、「……メリッサ」と私の名前を呼びながら身体ごと私に近付いてきて、突然の事に驚いた私は身体のバランスを崩し、ケントが私を押し倒すような体勢になってしまった。
その時だった。
頭に電撃が走るように数年前の記憶が明確に蘇ってきて、私はその時の恐怖を思い出してケントを反射的に突き飛ばしてしまった。
「……!」
呼吸を荒くする私を、ケントがさっきとは打って変わって目を大きく見開き、ぽかんとした顔で私を見つめてくる。
「……っ。早く戻ろう。あんまり遅すぎると2人も心配するから」
私は荷物を持つと、元来た道を戻っていった。
……何やってるんだろう。私。ケントはそんなつもりは絶対になかったのに。
何で数年前の記憶と、あの人の記憶と結び付けてしまったんだろう。
ケントにしてしまった事に後悔しながら、私は俯きながら道を歩いた。




