優しい友達
「メリッサって、この辺りの出身なの?見ない顔だけど」
湯舟に浸かりながらナディアが私の出身を聞いてきて、私はお湯の温かい温度を肩まで感じながら答えた。
「ううん。私はアラクの出身」
「へー、アラク……アラク!?」
ナディアが勢いよく身体を私の法に向けて、その勢いが強すぎて軽い水しぶきが起こる。
「アラクって、鎖国制度を行ってる国でしょ!?私勉強も地理も苦手だけど、アラクの名前とか制度は知ってるよ!?」
自分の故郷から遠く離れた異国に住む、人形みたいな怪力少女にまで私の故郷の事が知られているとは、何とも不思議な気持ちになったし、あんな制度をやっていたなんて私の故郷はやっぱり普通じゃなかったんだなと思った。
「窮屈じゃなかったの?そんな、出る事もできない、異国の人を入らせる事もできない国で過ごして」
……まあ、そんな制度をやっている国からやって来た人と対面したら、好奇心でつい聞いてしまう、至極真っ当な疑問だろう。
「……正直、窮屈だったし嫌な事も多かったよ。私は子どもの頃に親に……母親に捨てられてて、その後に預けられた施設でもあんまり良い扱いを受けなくて。で、頑張って施設を出て入った高校でも楽しい事があんまりなかったし。『この国になかなか適応できない自分は駄目な人間なの?』とか、『この国を楽しいと思えるのは、この国の仕組みに適応できる人だけだな』とか、そんな事をよく考えてたし、だから外の世界にももちろん出てみたかったよ。でもできない、この終わりのない不安の中で一生過ごしていくのかなって思ってた時に、ケントと出会って……」
そこまで言うと、私はぎょっとした。何せ、ナディアが泣きそうな顔で私の事を見ていたからだ。
「メリッサは……たくさん辛い経験をしてきたんだね……」
ぎりぎり聞こえるかぐらいの小さな声で、私の目を見ながらそう呟く。
「何かメリッサ、国を出た事を悪い事だって思ってそうだけど……本当に嫌な事があった時は、品行方正な大人の振る舞いとか、教科書通りの生き方とか、そんなレールに敷かれたような生き方は無視して、自分の進みたい方へ進んでいいんだよ。だから、メリッサが島を出たのは間違ってない。絶対に」
「……」
ナディアにそう言ってもらえると、本当にそうなのだという根拠のない自信が出てくる。本当に根拠はないけど。
この子は本当に、誰かに語り掛けるだけでも勇気や元気を与えてくれるような、向日葵みたいな子だなと、ナディアの顔を見ながらそう思った。
「私も、昔は友達がほとんどいなくて嫌な思いをたくさんしてきたけど……その嫌な思い出が一つ一つ、今日に至るまでのパズルの1ピースになってるんだって思ったら、そんな思い出も愛しいって思えてくる。だからメリッサ……私メリッサと、ケントとアデルと出会えて、ほんとに嬉しいよ」
嫌な思い出も、今日に至るまでのパズルの1ピースになっている。
ナディアの言葉を頭の中で繰り返す。
確かにそうだ。自分の過去の全てが、今日のこの瞬間に至るまでの過程になってるんだ。どんなに不幸な過去も、未来の幸福に繋がってる。
そう思うと、私の過去とも少しは前向きに向き合えそうだし、何より……。
ナディアという、私と対等に向き合ってくれる優しい友達ができたのが、私の人生の中でも幸福な瞬間だ。




