花の都の美しくない事情
ナディアが私たちの目を見ながら、さっきまでの明るい表情から一変、真剣な表情で語り始め、この子ってこんなシリアスな表情もできるんだな、と思った。
「このロレーヌは、別名で『花の都』って言われているくらい、自然は綺麗だし、治安も良いし、あと、精霊の力に関する差別なんかもない。基本的には老若男女問わず過ごしやすい国だよ。
…ある事さえ守ればね」
ある事?という妙に意味深な言葉に少し関心が向き、ナディアに「ある事って?」と質問すると、ナディアは表情を曇らせ、やや目線を俯かせながら言った。
「…この国は、女性の美しさの基準が決まってるんだよ」
…女性の美しさの基準が決まっている?まあ、「美しい人」と言われると、答えは人によって大分異なるが、どれだけ異なっていても万人受けする容姿とか顔立ちはある。
目は綺麗な二重で鼻が高くて、唇は血色の良いピンクで顔は小さくて、肌は白くて髪はサラサラで…みたいな。そんな感じだろうか。
「…色素の薄い髪に白い肌」
「へっ?」
「同じく色素の薄い瞳に化粧っ気のない顔、小柄で華奢な体格に、男性を立てる奥ゆかしさ。これがこの国の美しい人の基準だよ」
「何だよそりゃ。人形か何かか?」
嘘がつけないアデルが正直な感想を述べる。ごめんナディア。この子はいつもこんな話し方だけど、悪気は全然ないし、あと正直なことを言うと私もほぼ同じことを思っていた。
「…で、この基準をある程度守っていれば特に何もされることは無いんだけど…。問題は、この基準からあまりにもかけ離れている時」
「…?」
「…この国は、美しい人には優しいけれど、そうじゃない人にはとことん冷たいんだよ。だからこの基準を守らない人は…
生きる価値がないって、そういう考えなんだよ」
生きる価値がない。その言葉に心の中で強く動揺する。…あれ、もしかして。
「私がさっきの町であんな目に連続して遭遇したのも…」
「…そう。この国の基準に、メリッサがほとんどかけ離れていたから」
「……」
そういう事か、と思った。なるほど、確かに私はさっきナディアが述べた基準にほとんど合致していないし、むしろかけ離れすぎているくらいに離れている。
色素の濃い焦げ茶色の髪と瞳に、この年代の女性にしては高めの身長。どうりであの人たちがそんな態度を取る訳だ。
「…でも、それ以上にかけ離れてるのが私」
「え」
「色素の濃い髪と瞳、あと顔もそうだし…あと、私が力の精霊の関係で強烈な力を持ってるのはさっき知ったでしょ」
そう言われ、私はさっきの危険生物との戦いを思い出す。
「この国では、男性以上に強い女性は、完全に生きる価値がない、とも言われてるの。男性より強い女性がいてたまるかって感じでね。さっき町で私に絡んできた人たちは、あんな感じだけど国の軍人だよ。だから私みたいな存在を目の敵にしてる」
可憐な少女の口から、次々とこの国の理不尽で残酷な価値観が暴かれていく。
「だから私は…いまこの国で恐らく一番価値がない存在。だからあの時、あんな風に追い詰められてたんだよ」




