舐められる事のない2人
その後少しは言い合いも落ち着いたので、再びナディアの家へ向かったが…私からすれば「これで落ち着いた方なのか?」と言わんばかりのかなり白熱した口論を移動中もしていた。
「お前、怪力の一体何が嫌なんだよ!俺としては褒めたつもりだったんだが!?」
「はぁ!?『怪力』=褒め言葉だと思ってんの!?
あんた絶対女の子にモテないでしょ!」
「あ!?お前もお前で失礼だろ!」
「……」
「だーいじょーぶだよ。メリッサは結構おっとりしてる方だから、あの2人が喧嘩してるように見えるかもだけど…あれは全然普通の会話だよ。心配しなくても大丈夫」
…そうは言われても、どちらかが発した言葉をきっかけに新たな口論の火種が生まれているので、ここまで言い争いが続くとさすがに心配になる。
恐らくアデルもナディアも、自分の貫きたい事があれば口論になってでも貫き通すタイプだろう。今はそんな2人が邂逅してしまった結果、こんなハラハラする状況を生んでしまっている。
…でも私は…。
嫌な事や辛い事があっても、どちらかというと「その場の空気」が悪くならない方を優先してしまって、だから普通ならピキりとなりそうな場面も、私が耐える事で穏便に纏まっている気がする。
でもそれはつまり「こいつだったら大丈夫だろう」という、理不尽な当たりのターゲットにもなりやすいという事だ。だからバイト先のあの顔も思い出せない客とか、ライプチヒでナンパしてきたあの軍人達みたいな事になるんだろう。
それに対して、アデルとナディアがそんな目に遭うなんて、可能性すらゼロに等しいくらいないだろう。
自分は何でこんなにも、自分の気持ちの半分も伝えられないんだろう。
過去の記憶を総動員させ、振り返ると、とある記憶が少し蘇ってきた。中学2年生の冬の、あの夜の_
そこまで思い出した所で、ハッとした。何せ、背中に冷や汗が流れて、心臓がバクバクと鳴っていたからだ。こんな過去の事を振り返ったって意味ないのに、私は何を考えているんだ。
大人になるんだったら、いつか誰かと口論する覚悟も持っておかないと駄目だなと思っていると、ナディアが「あっ!着いたよ!」と私達に呼び掛けた。
目線を上げるとさっきの町と同じくらいの規模の町があって、ここが恐らくナディアの実家のある町・クラマールなのだろう。
「着いてきて!案内する!」
ナディアに促されてナディアの後ろを歩いて行く。
ナディアの実家は町を真っ直ぐ歩いて右に曲がった所にある赤いレンガの一階建ての一軒家で、何かこんな外観のスイーツ店がありそうだな、と思った。
家の中はお邪魔させてもらうと、まずキッチンと机があって、ここが恐らくランベール家の食卓なのだろう。
「さっ。座って座って。ここまで歩いて喉乾いたでしょ。冷たい紅茶を淹れるね」
おおすごい。そこそこ歩いて丁度冷たい飲み物が飲みたいと思っていた。この子はただ明るくて元気なだけじゃなくて、周りをよく見れて気遣いも出来る子なんだろう。
しばらく待っていると、私達の前に何の花か分からないが紫の花がデザインされた、冷たい紅茶の入った白いティーカップが差し出された。
全員に差し出してナディアも座ると、ナディアは真剣な顔でゆっくり口を開いた。
「じゃあ、教えるね。花の都の、美しくない事情を」




