7.サクセスプラン 3オブ3
いつもどおり過ごそうと努める自分がいる。
毎朝同じように妹のハルに会う。とても幼い頃の記憶さえ思い出す。家じゅうを自分の後に付いてくる妹を突き飛ばして泣いたあの日の記憶。妹も母親も、父親も、ずっと一緒だったけど、別れることを悲しいとは思わない。ただ、自分を育ててくれた両親に感謝し、元気に成長した妹の姿を嬉しく見るだけだ。
もうすぐキャンパスへも行かなくなる。いつも通い慣れた道を行き、いつも通い慣れた門をくぐる。この光景を見るのも後数日だ。
講義室の前で、いつもの四人がいる。この時間の講義は、唯一の共通の講義だ。
「遅ーい」
あおが俺の胸に弱いパンチを与えて、口を尖らせる。
「お前らが早いんだよ」
「並べる席なくなっちゃうよ」
「誰か取ってればいいのに。タケ、何やってるの?」
「何で、僕なんだよ」
そんなふうにタケをいじって、講義室に入る。
「やっぱ空いてないな」
五人掛けの席は空いていない。
「俺はいいよ」と言って、ケイゴが一人、ポツリと空いている端っこの席へ行く。
「じゃあ、俺らはあっちだな」
ショーはそう言って、タケの肩を組み、二人分の空いている後ろの方の席へと向かっていった。
俺とあおが残される。
「ああ、あそこ二つ空いてる」
俺らは長机の間、真ん中へんの列に人の背の後ろを「すみません」と謝りながら通って、二人仲良く並んで座る。
そして講義が始まる。あおの横顔を眺めるのも、もう何度もないかもしれない。
いつものキャンパスライフも間もなく終わろう。師走の頬を凍えさせる冷気が人の活動を急がせる。暖まった講義室の中でも乾いた空気が温室に寒さをもたらす。
「もう今年も終わりだろう?」って雰囲気が静まり返った講義室から聞こえてくる。一年の終りに来年の始まりを待ち遠しくさせている。
物理の公式は頭の中へは入ってこない。俺も同じ、来年はもはやここで勉強をしている姿もないだろう。計画の結果、俺らは国家の手に追われるだろう。マサキはその可能性について否定をしたがもはや逃れられないことくらいわかっている。その為か、すでに逃走ルートも決められている。来年の一月、俺が二十歳を迎える頃にはもはやこの帝都に俺はいない。
魂を燃やせば死への回廊を歩き始める。
「試すんだ。試みるんだ。自分の可能性を賭けるんだ」
俺は見えない闇の中を歩いていた。皮膚は光の熱を感じ取っている。恐れたら終りだ。僅かな隙が命取りになる。感覚を研ぎ澄ませろ。清らかなる心に戻れ。
「ハヤ、ハートとボディのバランスが悪い。今日は中止だ。今すぐ止めて戻れ」
感情を壊し、破壊するに至れば柔らかさは持たない。感情を燃やし身体を溶かさねえと燃やしつくさねえと、煮えたぎるマグマとなって岩をも溶かさねえと、俺はこの世の過ちを破壊できない。
「止まれ!止まるんだ!」
俺は最上だ。誰も同じじゃねえ。誰も一緒じゃねえ。ここは俺のワールドだ。俺だけのロードだ。熱だ。熱するんだ。燃やすんだ。熱が業火の炎を放ち出す。
冷却の睡魔が俺を解き放つ。
「帰って眠ろう。後はもう何も要らない」
羊水の中に落とされたかのうように、プカリプカリと浮いていた。肌の色はまだ赤い。血液はまだ冷えていない。
マサキはにこりと微笑んでいた。
「先生はいない。今日は良くないようだね」
「すみません」
「いや、いいんだ。それじゃあ、僕は帰るから」
すでにマサキは帰宅準備を整えていた。俺を人工回復装置に運び、着替えを終えて、俺が目覚めるのを待っていた。状態の悪さには感づいていたのだろう。今日は戦いの日までまだ数週間ある。だからいい。そういう事だろう。
家に帰る前に、珈琲炒る豆の香り立ち込める喫茶店で目を瞑る。モコモコのソファーが身体になじんでゆく。
エナジーのない日はスイッチを切った。大昔のリズムのない音楽を聴くと、身体の至る部分が緩んでゆく。硬直していた心身が緩む。残り僅かな余力が無理に使われていていたけど、音楽はその使用を諦めさせて、無機質の物体へと変えてゆき、俺は存在感を失い、浅い眠りに落ちていくことができた。
できる限り、いつもの日々を心掛ける。周りの奴らに気づかれてもいけないし、戦いの日は最善の状態にもっていかなくてはならない。
『この国を変えるんだ。優れた能力を持った、優れた人間が、この国に穴を開け、新しい時代を作ってゆくんだ。俺はそこにいる。それは俺でしかない!』
心に刻む。想いを強く、熱くしてゆく。その一方で、冷静に、慎重に、残された日々を単純に消化する必要がある。
「大丈夫、俺はできる」
まもなく、その日が訪れる。




