6.シークレットフェイス 3オブ3
マサキに自分が市川に受けた手術を伝えた。彼はその装置の存在を知っていたようで、一度組み込んでしまえばシステム自体は難しくないと言った。そしてその装置を自分でも使えるよう、つまりマサキと自分とは喋らずに、電話を使わずに話せるように、改良しておくことを俺に伝えた。この辺りの知識に関しては俺も頭が上がらないくらい彼は賢い。
そしてそれから数日後、マサキの声が俺の耳元に届いた。
「虹だ。虹が見えるよ」なんて、あおがはしゃいでいる夕暮れの丘の上で二人きりの時を過ごしていると、突然声は届いた。
「聞こえるかい?僕だよ。マサキだ」
「ああ、聞こえるよ」
俺はマサキとテレパシーをするような小さな声で、彼女と過ごす時間の中で会話する。
「こちらも聞こえる。大丈夫だ。ただし長い会話は禁物だ。市川先生に気づかれる可能性があるからね。ところで、今、大丈夫だった?」
「まあ、少しなら。しかしどこから話しているんですか?」
疑問に思うままに彼に尋ねるが、それには触れずに彼は言う。
「九月に、僕は研修で、光の壁のある施設を訪れる。チャンスはこの一度限りだが、重要な情報を手に入れる予定だ。また、連絡する」
言葉はそれだけで途切れた。ついに実行日が近づいているのを感じて身震いする。身体には鳥肌が立っている。
自身の意思もなくマサキに利用されているかのようになっているのでは?と自問する。社会を変えると願う想いはどこにあるか?と自問する。いや、今ここにある自分がしたいと感じている願いだ、と自答する。
倒れている人がいたら手を差し伸べればいい。危険なものがあるなら除去すればいい。自分が望み創りたい社会が未来にあるのなら、それに向かって行動しろ。誰にも頼るな。俺がやる。誰かにやれなんて言わない。誰かがやっていることを批判している暇はない。俺は、俺の創る道で出来ることをする。俺は未来を創ってゆく能力を持っている。マサキの考えではない。それは運命的に共通性を持った意志がそこにあっただけだ。俺が誰かに従ってやったというのならそれはまず自分のせいだ。それを出来ずに失敗するのならそれは自分の能力のせいだ。壁があるなら壊せばいい。この先へと越えてみせると決めたんだ。
「虹って綺麗だよね」
自己暗示の世界に堕ちてゆく俺の感情に柔らかく優しい、甲高い声が耳を貫く。あお、俺は君を愛している。光を探して闇に包まれていた空間に入り込む温かい声の響き。俺は君がいることで救われているだろう。
※
空気の熱にも火照らない季節が来る。失いかけていた季節感を取り戻した地球上の都市ではまた次の季節を喜ぶ人たちに溢れている。創り出された人口の化学物と自然との環境調和を促進した物質の融合は、新たな時代へと向けての進歩を弛むことなく続けている。
自由変形素材のカラフルでオシャレな服で着飾った人もいれば、昔からのシルクや綿の生地を編んで作られた服を自然と身に着けている人もいる。時代は多様化し、様々な考えを持った人たちが都心の商業街をたむろし繁栄している。
ミレニアムイヤー頃に広がった情報革新が多様化と進化を推し進めたのだろう。電光で書かれた文字や映像は人を幻想のような現実に引き込むようになり、人は幻想を楽しみ、多くの現実を必要としなくなったのだろう。都心の様々な色に輝く光に包まれていれば、人は現実世界よりもたくさんの楽しみを得ることができる。
様々な仮想シアターは砂漠の真ん中でも、月の裏にでも、俺らを行った気持ちにさせてくれる。いくつかのアミューズメントパークは俺たちを宇宙旅行だって、深海探検だって連れて行ってくれる。創り出された仮想の中で都会の人は旅行も探検も安全に楽しむことができる。
壁の外は不要。全て、この壁の内側で、今日だってこうやってカノジョと空を飛ぶ遊びをしてきたのだから、楽しむことができるのだから。
一方で自然との調和を提案する賢人は都心の大部分を人工の森林公園へと変貌させた。空から見る帝都は何とも味気ない平坦な高さの木々に包まれて、南西と北西と東に3つの大きなタワーが聳え立つだけだ。森のない部分は太陽光をエネルギーへと変換する施設があり、また森の木々に覆われた住宅地と商業施設があり、地域を無数の道路が入り乱れて結んでいる。帝都の全体は光の壁に覆っている。重要施設や公共機関は全て地下を連ねるように存在していて空からは見えない。
化石燃料に頼っていた二一世紀では電力が高騰し、国人は燃料の為に労働を強いられる時代だったという。過去から続く年功序列の制度がセブンティーダウン革命をもたらし、国は若返り化計画を推し進めたけど、それでも国は電力維持の為に福祉国家へ変貌をする方法でしか存続できなかった。二一世紀末のフードアンドエネルギークリティカルと共に権力の中央集権化が強烈に推し進められ、今の時代への革新が始まる。地方は劣悪化してゆき、福祉は首都圏といくつかの大都市周辺でしか成り立たなくなり、その結果、沖縄の『防衛隊による反政府ゲリラ掃討作戦』を最終とする紛争が各地で勃発した。道州再編、光の壁計画が実施され、分断された世の中になったけれど、遺伝子工学技術の発達という科学の力に助けられた現国家は内乱もなくなり、平和な世を築いている。
これからこの国をどう変えてゆくかは我ら若者の手に掛かっている。何をどうすることが正しいか、その答えはまだ見えない。ただ一つ言えるのは、いつの時代も動いていて、次の時代へと移り変わろうとしている意志がある。今はまだ見えない平凡な生活の中には、必ず次の世界へと扉を開き始めようとしている力が生まれ出している。この時代に、俺と同じ想いを募らせている同世代の若者たちがきっと多くいる。次の時代へと向かう準備が始まっている。同じ想いを持つ者と共に俺は進み始めているのだろう。
商業都市とアミューズメントパークをあおとデートしながら、同じ歳ぐらいの人間観察をしてはそんな妄想に耽り、きっと来たる未来への青写真を描いていた。




