6.シークレットフェイス 2オブ3
夏の夜空に花火の閃光が弾け飛ぶ。火のない時代に輝く唯一の火の輝き。あの光は架空じゃない。人の真は火から成る光を失いたくなかった。花火の光だけは遥か昔から今まで残り伝わっている。
ドンと響いて、ヴァーンと弾ける花火の音も、モヤモヤした心を爽快に変えてくれる。人だかりを遥かに離れた夜景の見渡せる木のない丘の上で花火を楽しむ。川の流れる両端を街灯の光が輝いているけど、空に花火の光が弾ければ一瞬にして地は単調なライトを無にする。
大学二年目の夏を迎えている。毎日のトレーニングで体の疲れは半端ない。今年は去年に比べれば体が慣れてきたから偶の休みにはこうしてプライベートを充実できる。
またフリュフュルと上がり出した連発花火にあおは笑顔で喜んでいる。心臓に響く強い音を共に感じ合えている。俺があおの顔を見ていると、別の凝視する視線が自分に向いていてそっちを見やると、タケとショーとケイゴの恨めしがる顔が並んでいてまた別の意味で心臓をドキリとさせる。こいつらはいまだにカノジョもできない。そんな事でいちいち俺をうらやむくらいなら、自分で何とかしろって言いたいが、言えばあーだのこーだのと言い返されて、三対一の結果で分が悪い。どんな正論も通用しそうにない。
「あおちゃん、かわいくなったよな」
ショーが俺の耳元でボソリと囁く。俺はちょっと戸惑うがその事は確かに感じる。暗い表情でいつも俺を睨むように見ていた彼女だが、今の柔らかい笑みには女性を感じることができる。浴衣姿もチャーミングで少し見とれてしまう。三人の男たちがうらやむ気持ちもわからなくはない。
「もう、どんなにいちゃいちゃしてんの?いいよなあ、たまらないよ」
「おい、ショー!」と、俺は思わず声をあげてしまった。
あおが俺の方を見ている。もてない男三人は笑ってやがる。
一瞬、恥ずかしい気持ちで顔が赤らみそうになったけれど、でっかい花火がドーーーンと上がって、みんな、そっちの方に驚いて、キラキラと落ちる花火の残光に心を奪われてしまった。
ああ、何だろう?俺たちは何を感じ、どこへ向かい、何を得ようとしているのか。この世界から壁が無くなったら、俺らは自由になれるのかな?
そんな楽しみを与えてくれる時間が終ればまたいつもの研究室にいる。俺の前に市川が現れて奥の部屋に来るように指図する。奥は例の人工回復装置がある部屋だ。俺の体調は悪くない。
「何ですか?何の用?体調は悪くない」
「そうだな。それはわかっている。ここ最近の君のデータを見させてもらったけど、君は驚くほどの急激なレベルアップが起こっている。ミスもなく、瞬間的な対処は普通の人間には到底できないような動きを見せている」
そこまで褒められると俺の気分も上がる。自分でも動きの良さを感じていたが客観的な記録による分析結果を伝えられると努力が報われた感を受ける。
「そうだろう?まあ、まだ完璧ではないですけどね」
市川は冷静に満足そうな表情を浮かべ、俺を見る。
「少し早いが、もう一歩先へとチャレンジしてみる価値がある。もし君が望めば、だけどだがね」
次なる練習装置でも待っているのだろう。俺はそう予測し「もちろん。トライさ」と、答える。
「いや、そうじゃない。今回は、君の身体を少しいじることになる。違法ではないけれど、倫理的にいいとも言えないことだ。それでも君はやるかな?考える時間は与える」
「いや、ノーだ」
「ああ、そうだな。君の成果を見て、私が少し焦りすぎたようだ。思わずそのチャレンジをさせたくなってしまったが、その答えは賢明だ。またいずれでいいだろう」
「いや、そうでなくて、俺は考える時間がノーだと言いたいんですよ。やりましょう」
何をされようと構わない。俺に考えている時間はない。マサキとの計画を素早く進める為には考えずに突き進んでいくことがベストだ。
「そうか。いいだろう。では、装置の中に入りたまえ」
静かなコンタクト、微かな感触、俺の耳は聞こえている。確かに誰かが何かを話す声。とても敏感になればその話を聞き取れるかもしれない。もっと耳を澄ますんだ。あらゆる雑音を無視して、その微かに耳に触れる独特の振動をキャッチする。
「聞こえるかい?」
そいつは俺にそう話しかけてきているんだと思う。俺は人混みのある都会の地下道で、その声を耳にしている。
「ああ、聞こえるよ。誰?」
俺は声に出して答え、尋ね返す。
「市川だ」
「何だ、先生か」
「君ならこの微かな声を聞き取れると思っていたよ」
「これが新たなチャレンジかい?」
「そうだな。これもまた秘密の通話に役立つ。下手な電波では盗聴される可能性もある。この音は簡単には盗まれない」
たとえ微かな音であっても捕らえられない音など皆無だろう。盗まれない可能性を素直に信じるほど甘い考えは持っていない。
「俺は声を出してあなたと話している。こっちからの声で俺が話している声がわかるから、盗聴しようという奴がいたら、相手の声を探る手も見つけられるだろう?」
「確かにそうだ。だけど、聞き取ろうとするのは困難だ。この音は君の鼓膜を僅かに振るわせる振動で届いている」
「振動を作り出す基はどうなっているんだ」
「それは君の耳の中にある。だから外からは聞こえない。君の鼓膜を操作して話していると思ってもらえば分ってもらえるかな?」
人工回復装置には簡単な手術を施す機能も備わっている。それを使って鼓膜を弄って、俺の中にその機能となる装置を埋め込んだようだ。情報処理の研究者では行わない医学者のような処置を俺に施したわけか。
「しかし俺の鼓膜を動かすための遠隔操作をする信号は必要なんだろう?」
「そのとおりだ。その信号のルートと暗号を見つければ誰が何を君に話しているかを盗聴することはできるだろう。しかしそれは簡単に暴けるものではない」
「なるほどね」
俺は納得する。しかしいったい俺はどうなっていくのだろう。この時代の最高の人間になるということはアンドロイドに近づくのと同じなのか?プライバシーもない。ほとんどロボットと変わらない。俺は人間なのだろうか?
「それと携帯で通話もしているわけでもないのに、どうやって俺の声を聞いているのか、そっちの説明もしてもらってもいいですか?」
「君の声帯の震えが声となり、こっちまで聞こえてくるはずさ、もっと小さな声で話してみるといい。囁くようにそっとだ。小さく喉を震わせてごらん?さあ、何か試しに話してみてくれないか?」
「過去の皆さん、こんばんは。貴方はどんな未来を想像して、今を生きてるのでしょう。未来の皆さん、おはようございます。貴方はどんな過去から今ある世界が出来たと考えるでしょうか」
実験室のスピーカーからはそんな俺の言葉が市川に届いている。
「なんだ、それ。君はこう言ったのか?『過去の皆さん、こんばんは。貴方はどんな未来を想像して、今を生きるのでしょう?未来の皆さん、おはようございます。貴方はどんな過去から今ある世界が出来たと考えるでしょうか』」
市川は俺の鼓膜にそう伝えてくる。
「そうさ。そう言ったのさ」と、今度は声に出して俺は言ってやる。
実験室のスピーカーから俺のその声を聞いた市川が答える。
「ならば実験は成功だ。ありがとう。君は口を開いて喋らなくても、こちらに声を届かすことが出来る」
どうやら俺は新型のアンドロイドのような新人類に近づいてゆくらしい。




